奈良県知事に纏わる会議録の不作成について

記録、正しく、美しく!

 2023年に現職知事を破って初当選した奈良県知事が相次いで計画していた大型インフラ工事の中止や規模縮小、計画の大幅変更を打ち出しており物議をかもしている。山下真知事は大阪維新の会の公認を受けて自民党と立憲民主党の推薦を受けた平木氏と現職の荒井氏を破って当選した。自民党の候補者が一本化されず分裂したままの状態で選挙に至ったことが山下氏の当選に繋がったと考えられる。

 当選後、南海トラフ地震に備えるため2000メートルの滑走路を整備する大規模広域防災拠点構想を五條市にて計画していたがその内容を大幅に変更。総事業費は720億円とされていたうち県の負担は約216億円。滑走路の整備は取り止めてヘリポートの設置とメガソーラーの整備を行う方針に転換した。地元五條市の平岡市長や予定地の売却に応じた五條市民から困惑する声が上がっている。山下知事が中止や変更を決めたのはこれだけではない。川西町・三宅町・田原本町の磯城郡3町にスポーツ施設や教育機関を整備する大和平野中央田園都市構想もそうである。県立の工科大学の設置や大型のサッカースタジアムの整備を計画していたが山下知事は揃って中止を決定し地元の反発を招いている。中止を発表する際に山下知事は「前知事の思い付きで行われてきた事業が非常に多い」と話した。これに対し森章浩・田原本町長は「ただのインフラ整備ではなく、大会が終わった後のまちづくりも含めて議論してきた」とした上で「思い付きでやってきた事業ではない。白紙にするならば、これまで踏んできた民主的手続きを丁寧に戻っていかないといけない」と反論している。大学新設予定だった土地には県内の大学に通う学生に向けて学生寮を新設することにした。田原本町のスタジアム予定地には運転免許センターを橿原市から移転させる。この他にも農業研究の施設の中止、近鉄奈良駅の位置の変更の中止、大和郡山市の中央卸売市場の建替計画の縮小など国の予算措置も含めると約4700億円もの削減を見込む。

 政権交代とはこういうことだ。属する政党、または支持する政党が違うとこれだけのことが案外容易に起きてしまう。何年もかけて議論し、コンセンサスを得て、用地買収など準備を進めてきたことがものの一か月で覆されてしまう。それがクーデターによって起きたのなら制圧しなければならない暴挙ということなるが、公正な選挙が行われた結果、山下真氏が新知事に選ばれたことによって起きたことである。そうなることが民意であると言っても過言ではない。というか、そうすることを民意が後押ししたともいえる。

 とはいえ、山下知事の手法に疑義がないわけではない。こうした方針転換に関わる会議の議事録がないことである。どうやら山下知事があえて記録を執らないように指示したようだ。山下知事は「担当職員からこれまでの取り組みや考え方などを率直に聞き、自由闊達な議論を交わし、より良い結論を出す目的を優先するために議事録を作成しないこととした」と説明する。公務員の仕事は公の仕事であるから公にされることを拒否してはならないのではないか。約4700億円もの巨額の事業を削減するのであるから余計にプロセスをガラス張りにすべきである。多くの市町村が大きな影響を受ける決定である。事後に報告さえすればよいというものではないはずだ。

 県議会において自民党の荻田義雄議員が県行政文書管理規則5条によって事務や事業の実績を合理的に跡付け、または検証することができるよう文書を作成しなければならないと定めていることからコンプライアンスに違反するのではないと知事に問うた。知事は「議事録こそ作成しなかったが担当部局の知事への説明資料、事務方が作成していた知事のコメントについてのメモ、それらを踏まえて作成された予算執行査定の結果およびその理由をまとめた文書の以上3点が作成されており、それらが県行政文書管理規則の5条に規定する文書に該当する」と説明している。作成された3文書だけでは議論の経過や結論付ける契機を知ることは叶わない。山下知事の所属する大阪維新の会が市政を担う大阪の公文書作成指針には以下ように記されている。

「情報公開と文書管理は車の両輪」と言われるように、情報公開制度のより一層の充実が求められる中、市政運営の透明性を向上させ、市民への説明責任を果たしていくためには、公文書の適正な管理は不可欠であり、ますます重要になっています。そもそも作成すべき公文書が作成されていなかったり、作成されていても適正な管理がなされていなければ、情報公開制度の円滑で適正な運用ができないばかりでなく、市政に対する信頼を損なうことにもなりかねません。本指針は、不存在による非公開事例について分析を行い、その結果に基づき、公文書の作成の要否や個人メモとの区別について特に留意すべき事項を明らかにすることにより、統一した取扱いを実現するとともに、公文書の作成・管理マインドを醸成していただくため、作成したものです。

本指針では、次のことを主眼として、公文書を確実に作成し、適正に管理する方法を示しています。

1.意思形成過程の文書についても、確実に作成されるようにすること

2.決裁や供覧の手続を経ていない組織共用文書についても、適正な保存管理がされるようにすること

公文書の適正管理は、単に事務処理上の問題にとどまりません。情報公開制度とともに機能することにより、市政に対する市民の信頼確保と市全体の行政能力の向上にもつながります。そのためには公文書は確実に作成され、適切に保存管理されなければなりません。

意思決定形成過程の文書も作成されてないと市政に対する信頼を損なうことになりかねないと読み取れる。文書を作成して管理しないと情報公開ができない。情報公開できないことが結果的に市民の信頼を損なうということ。ないものは公開できない。また、文書の作成を必要とする場合と不必要とする場合を以下のように規定している。

対象となる会議

課長級以上の職員を主たる構成員とする会議等で市としての意思決定に関係する会議等、複数の所属にまたがって開催される会議等、市外部の者が参画する次の会議等である。

対象とならない会議等

専ら連絡事項の伝達や情報の収集・共有を行うことを目的とする会合、例えば市長への説明を行う前に所属内で当該説明内容を整理するために行われる会議など、市としての意思決定に向け、所属内における意思統一のため調整を行うことを目的とした会議等、軽易な事項について業務遂行上個別打合せを行う会議等である。

今回のケースで考えると山下知事が下した決定は県としての意思決定そのものであることから大阪市に照らすと公文書の作成を必要とするケースにあたる。会議概要だけでなく会議録を必要とする会議を下記のように定めている。

会議録の作成が特に必要な会議等

会議録等を作成すべき会議等のうち、市長をはじめ特別職を構成員に含む会議等又は区長若しくは局長級以上の職員を主たる構成員とする会議等であって、市民生活に重大な影響を与える内容又は重要な制度の新設、変更又は廃止に係る内容が検討されたものについては、会議録を作成するものとする。

としている。山下知事が問題視されている今回のケースも大阪市に当てはめると会議録を必要とするということになる。何より会議の方向性によっては予算にも大きな影響を及ぼすことから議事録を作成しないといけない。あえて会議録を残さないようにした山下知事の行為は大阪維新の会の方針にも大きく反しているといえるだろう。

山下知事は自由闊達な議論を行うために議事録などの記録を行わなかったというが、記録を行わないことが返って職員の忖度を生んだり、同調圧力が掛かったり、議論や意見の誘導が行われたりするのではないだろうか。昨今、警察署での取り調べに対しても可視化が言われるようになった。それは記録を残さないことが多くの冤罪を生んだり、暴言や暴力があったことに起因する。重要な会議の中身を記録を残さないことは自由闊達に議論すること以上のリスクを生むのではないだろうか。

ちなみに山下知事が駆け足で推し進める緊縮財政に私は少しばかり憂慮する。財政の出動を減らして税収を維持しようというのはバランスが損なわれる。貸借は相関するはずであるから県民にプラスにはならないはず。山下知事は8か月しか会社員の経験がない。弁護士や政治家としてこれまでやってこられた。頭の中の会計が単なる出納長のようになってはいないか。知事が掲げる教育無償と子育て支援に約5000億円ものコストカットは必要ない。200億円程度あれば十分なのではないか。蛇口を絞りすぎると必要なところに水は届かなくなる可能性がある。

最後に自治体における公文書管理に関する条例に関する条例の制定の状況について調べた。令和5年12月末時点で18都道府県にて制定されている。条例が制定されていない都道府県でも規則、規程、要綱等で公文書に関して定めている。条例や規則、規定、要綱の基になっているのが国によって平成21年に制定した公文書管理法である。消えた年金記録(社会保険庁)、海上自衛隊補給艦とわだ航泊日誌の誤廃棄(防衛省)、C型肝炎関係資料の放置(厚生労働省)などの事案が発生し国民の信頼を損なった。政府は公文書管理法を制定することで作成から利用までの公文書管理体制を充実させて強化することにより職員の意識改革を図った。それでも平成29年から30年にかけて森友学園への国有地売却をめぐる交渉記録の書換え(財務省)、南スーダンPKO日報の不存在・不開示決定後の発見(防衛省)などの事案が発生している。公文書管理法の一節に文書作成について規定されている。

第一節 文書の作成

第四条 行政機関の職員は、第一条の目的の達成に資するため、当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう、処理に係る事案が軽微なものである場合を除き、次に掲げる事項その他の事項について、文書を作成しなければならない。

一 法令の制定又は改廃及びその経緯

二 前号に定めるもののほか、閣議、関係行政機関の長で構成される会議又は省議(これらに準ずるものを含む。)の決定又は了解及びその経緯

三 複数の行政機関による申合せ又は他の行政機関若しくは地方公共団体に対して示す基準の設定及びその経緯

四 個人又は法人の権利義務の得喪及びその経緯

五 職員の人事に関する事項

上記の文言はほぼそのまま公文書管理に関わる条例や規則などでも規定されている。今回、取り沙汰されている奈良県の山下真知事は資料やメモが残っているから問題ないとするが本当にそうなのか。奈良県行政文書管理規則の中に「意思決定に至る過程や事務及び事業の実績を合理的に跡付け、検証できるように行政文書を作成しなければならない」旨が明文化されている。山下知事の行為はこれに反すると解釈できるのではないだろうか。何らかの事物が時間的に変遷したありさま、あるいはそれに関する文書や記録のことを歴史と言う。現代を理解する為にも歴史を軽視してはいけない。


参考

山下真 Wiki

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E4%B8%8B%E7%9C%9F

知事の議事録未作成に「方針転換検証のため必要」 事業中止巡り奈良県議会代表質問で議員が指摘  奈良の声

https://voiceofnara.jp/20230921-news1018.html

五條の予定地に県 滑走路建設を変更

https://www.yomiuri.co.jp/local/nara/news/20240124-OYTNT50254/

説明責任を果たすための公文書作成指針 大阪市

https://www.city.osaka.lg.jp/somu/cmsfiles/contents/0000003/3641/shishin.pdf

公文書管理に関する条例 RILG

http://www.rilg.or.jp/htdocs/img/reiki/019_officialdocumentmanagement.htm

坂本雅彦ホームページ

坂本まさひこ  作家 国会議員秘書

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