水素社会推進法案について

水素、楽。

 脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律案が今国会に提出された。いわゆる水素社会推進法である。低炭素水素とは太陽光発電や風力発電、水力発電といった再生可能エネルギー由来の電気を用いた水の電気分解で製造した水素のことである。一般的にはグリーン水素と呼んでいる。水素社会推進法では低炭素水素等であることの基準を設け、GX実現に向けて重点的に実施すべき内容や低炭素水素等の自立的な供給に向けた取組等の基本方針を示している。国や自治体は低炭素水素等の供給・利用の促進に関する施策を総合的かつ効果的に推進する責務を有し、規制の見直し等の必要な事業環境整備や支援措置を講じる。低炭素水素等を国内で製造または輸入して供給する事業者や低炭素水素等をエネルギーや原材料として利用する事業者には計画認定制度を創設する。日本の産業の国際競争力の強化に寄与するものであることを前提となる。供給事業者と利用事業者の双方が連名となった共同計画であること、低炭素水素等の供給が一定期間内に開始され、かつ、一定期間以上継続的に行われると見込まれること、利用事業者が、低炭素水素等を利用するための新たな設備投資や事業革新等を行うことが見込まれることが価格差に着目した支援および拠点整備支援の対象とされる。認定された事業者には供給事業者が低炭素水素等を継続的に供給するために必要な資金や認定事業者の共用設備の整備に充てるための助成金が交付される。以上が法案の概要である。政府は今月、低炭素水素の普及を促進する水素社会推進法案を閣議決定した。

 化石燃料を燃料とする熱機関は火力発電所や自動車のエンジンなどあらゆる場所で使用されている。そのCO2排出量は多く天然ガスなど炭素分の少ない燃料への転換や燃焼の結果として排出されたCO2を回収して貯留することが進められている。水素は利用段階ではCO2を排出しないため燃料として水素を使用する社会は低炭素社会となる。電気と比べ水素は貯蔵性に優れており、ガソリン、軽油や灯油などの液体燃料ほどではないものの電池よりもエネルギー密度が高くエネルギーを高効率で最適に利用できて災害時もエネルギーを利用できることが期待されている。

 水素の利用はメリットばかりではない。水素の生成過程で二酸化炭素が排出されること、そして水素の取り扱いにかかるコストが高いこと挙げられる。国内での水素供給のほとんどは石炭や天然ガスなどの化石燃料を原料としている。高温で分解し改質して水素を製造する方法が主である。原料として化石燃料を利用することに加え、エネルギー源としても化石燃料を燃焼させるためCO2を排出する。こうして製造された水素はグレー水素と呼ばれ大量生産が可能で安定供給が可能であるがCO2削減には寄与しない。

 太陽光発電や風力発電、水力発電といった再生可能エネルギー由来の電気を用いた水の電気分解で製造した水素をグリーン水素と呼ぶ。一番の特徴は前出の製造方法と違い製造過程でCO2を排出しないこと。水電解は技術的に確立されており実用技術としてアルカリ水電解と固体高分子形水電解がある。

 法中にある低炭素水素とはグリーン水素のことを指す。法案に先立ち政府は2023年6月に水素基本戦略を改定している。その中で水素1キログラムの製造時におけるCO2の排出量を3.4キログラム以下であることを低炭素水素とする基準を初めて示した。従来のグレー水素の製造方法だと石炭由来で水素1キログラム当たり約20キログラム、天然ガス由来で約9キログラムのCO2が排出されていることから低炭素水素とする基準を大幅に超える。EUやイギリスでは同程度の基準で既に運用が開始されている。

 日本での水素の生産はほとんどない。クリーン水素の生産は皆無である。クリーン水素は再エネからの二次生産となることからコストが高額となる。余剰の太陽光や風力のような再生エネルギーを使って水を電気分解し水素を製造、貯留、再利用する方法では変換工程することで再生エネルギーにより得られた電力の60%が失われたという事業報告もある。つまり再エネからの変換効率は40%であり電力の損失は大きい。

 低炭素水素社会を実現するためには自然エネルギー電力開発の加速し安価な自然エネルギー電力の大量導入を実現することが必要となる。併せて水電解装置の開発と実用化が必要となるがこの分野では日本は遅れをとっている。特に大量生産や大量消費のための大規模化と低コスト化で日本は欧州と中国メーカに大幅に開発が遅れた。中国はアルカリ型の電解効率で87.9%を実現、製品化しており技術的にも日本が勝るとは言えない状況にある。

 改定戦略の冒頭で「グリーントランスフォーメーション(GX)を通じてエネルギー安定供給、経済成長・国際的な産業競争力強化、そして脱炭素の三つを同時に実現することを目指す」という方針を示されている。その中で水素産業戦略という新たな柱をたて国内市場のみならず世界市場を狙うという。欧州、米国を始め世界各国の脱炭素化戦略に共通するのは自然エネルギーを中心とした電源の完全な脱炭素化を実現することであり、更に太陽光発電、風力発電の飛躍的な拡大と送電網の増強を進めながら余剰電力も含めた豊富で安価な自然エネルギー電力による水素製造を行い産業部門の脱炭素化に活用していくという取り組みである。自然エネルギーから得た電力を60%ものロスを生みながら水素に変換する余裕が今の日本の電力事情で許されるだろうか。

 改定された水素基本戦略には大きな欠落がある。2030年まで生成過程でのCO2排出に関する規定がない。国内に流通する水素のほとんどは海外からの輸入に頼っている。少量ではあるが国内で生産する水素は化石燃料を利用していることからCO2排出の削減にはなっていない。本法案で低炭素水素の生産と利用に関して認定制度を導入し補助金を交付するのであれば水素基本戦略においてもCO2削減に繋がらないグレー水素の脱却に関しても明記するべきである。オーストラリアから多くの水素を輸入しているが、その大半が低炭素水素ではないであろう。オーストラリアで生産されている水素の多くがアジアへの輸出用である。グリーン水素の生産は13%ほどでありほとんどが化石燃料を原料としていると思われる。グレー水素の輸入や生産を続けることは低炭素社会の実現に寄与することはない。日本企業が水素に関わる事業に関わりがないかというとそうではない。海外において多くのプロジェクトに参画している。電解分野では旭化成、東レ、東芝が、輸送分野では川崎重工業が、発電設備分野では三菱やIHIが参入している。日本国内で先行していた水素利用製品の拡大を含めあらゆる分野での水素需要量を積み上げ、これに相当する水素の供給をなくとも2030 年までは炭素の排出量に関わりなく、海外からの調達を中心に進めるという構造になっている。これでは既存の産業構造は変わらない。

 昨年12月にドバイで38か国が参加して開催された国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議にて「再生可能かつ低炭素な水素および水素派生物の認証制度の相互承認にかかるCOP28意向宣言」が採択された。同宣言では再生可能かつ低炭素な水素および水素派生物の世界市場を発展させることを目的として参加国はそれぞれの認証制度の相互承認を目指すとしている。また、宣言の中で温室効果ガスの排出削減対策が講じられていない天然ガスを含む化石燃料によって製造された水素は含まないとしている。近年、水素の世界での水素の供給は9000万トンを超えるというが、そのうちグリーン水素はほんのわずかだという。確かに水素は使用時にCO2を排出しないが精算時にCO2を排出し続けていたら地球的には意味を為さない取り組みとなる。低炭素水素の普及が世界的に見てもほとんど進んでいない状況の中、日本がどのような役割を担えるのか本質的な解を出す時期に来ている。

以上、最後までご拝読を賜りありがとうございました。


*再エネに補助金を出して、再生可能エネルギーによる発電で水を電気分解し水素を得る事業にも補助金を出すと1つのエネルギーに2回補助金を出すことになるが良いのか。

*2019年にノルウェーでは水素ステーションで大規模な爆発が起きているが安全性の確保の為に取り組んでいることはあるか、あれば具体的に。

*汎用している水素の多くは輸入によるものであるが価格は高額である。グレー水素からグリーン水素へ移行していくにあたり価格がさらに高くなり補助金も大きくなると考えられるが政府の見通しはどうか。

*水素基本戦略には2030年までグレー水素に関する制限が明記されていないがそれではグリーン水素の普及が進みにくいのではないか。

*経産省は2030年までに再エネと原発で50%、火力等発電で50%という計画を発表しているが具体的なロードマップは公表しないのか。あまりに大雑把すぎないか。



参考

脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進

に関する法律案

https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/gian/213/pdf/t0802130162130.pdf

「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律案」及び「二酸化炭素の貯留事業に関する法律案」が閣議決定されました

経産省

https://www.meti.go.jp/press/2023/02/20240213002/20240213002.html

COP28で低炭素な水素認証制度の相互承認についての宣言が発表 JETRO

https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/12/17dcf113dbda3f03.html

脱炭素への道が見えない「改定水素基本戦略」 自然エネルギー財団

https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/REI_Hydrogen_PositionPaper_2023_JP.pdf

水素基本戦略の概要 資源エネルギー庁

https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/pdf/20230606_3.pdf

水素蓄電を活用したエネルギーマネジメント 産業技術総合研究所

https://www.tokyokankyo.jp/kankyoken/wp-content/uploads/sites/3/2019/10/6-1.pdf

製造方法で種類が分かれる?「グリーン水素」を3分解説! TEPCO

https://emira-t.jp/eq/16978/

「水素」が10位にランク、30年までに世界で1.5億トンの需要創出へ

https://kabutan.jp/news/marketnews/?b=n202310120484

坂本雅彦ホームページ

坂本まさひこ  作家 国会議員秘書

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