旧優生保護法の被害者に一時金を支給する法律の延長法案

今日は、正気のサタデー。

 旧優生保護法によって意に反し不当な避妊や中絶等を強いられた被害者が多数存在する。その被害者を救済するための法律である旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律が改正される。法改正とはいえ実際には2024年5月までの4月24日まで5年間に限る時限立法であるところ、それを延長するという趣旨である。そもそも旧優生保護法の被害者による裁判の判決では被害が認定されると時効の援用が認められず期間の経過は度外視して賠償することが命じられている。そのことを踏まえると賠償の支払いを行うための法律が時限立法であること自体が不誠実である。この法律は閣法ではなく珍しく議員立法である。議員立法は一般的に与野党が共に合意した状態で立法が為されるので尚のこと腹立たしい。被害者が解決の一時金を受け取るには一定の審査が必要である。旧優生保護法一時金認定審査会に申請し結論を待たねばならない。申請する書類や証拠を整えるのも容易ではない者も多いであろう。にもかかわらず解決金の支払いに係る事務を5年間と限定することは理不尽である。政治家や行政の消極的な姿勢が窺える。

 優生保護法とは優生学の考え方に基づき不良な子孫の出生を防止し、母体の健康を保護することを目的とした法律である。法の第一条には「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」とある。障害をもつ人に中絶や不妊手術をさせる法律であり1948年から施行されていたが1996年に母体保護法に改正された。母体保護法に改正されるにあたり旧優生保護法の60%が削除されたというから優性思想がいかに根深く障害者差別が酷かったかが知れる。

 優生思想とは19世紀後半にフランスのゴールトンが「人類の遺伝的素質を改善することを目的とし、悪質の遺伝的形質を淘汰し、優良なものを保存すること」を提唱し強制不妊や断種を推し進める優性政策が世界中で支持を集めた。1907年にアメリカ合衆国インディアナ州で世界初の優生思想に基づく堕胎・断種法が制定され、それ以降、1923年までに全米32州で制定された。1930年代に入るとナチスドイツ下で堕胎法が障害者の殺害にまで至り危険性が指摘されるようになる。ナチスは本人以外にも医師や養護施設や刑務所の所長による申請を可能にすることで合計37万5000件の断種手術を行った。これは、ナチス時代の全ドイツ人の0.5%が手術を受けた計算になる。

 日本では1880年に堕胎罪が規定され母体の生命が危険な場合など一部の例外を除いて人工妊娠中絶が禁止された。1940年には「悪質なる遺伝性疾患の素質を有する者の増加を防遏するとともに健全なる素質を有する者の増加を図る」という目的で国民優性法が成立する。戦時下であったことから不妊手術や人工中絶を禁止し人口増加政策を推し進める一環でもあったことから優性思想にて子種を断つ強制的な断種手術はあまり行われなかった。国民優生法の下での不妊手術は538件に留まった。

戦後となる1948年には優生保護法と改められ、特定の障害や疾患を有する者を不良とし、そこから子孫が生じることのないよう強制的に不妊手術を行うことを可能とした。同時に母体保護の見地から一定の要件下での中絶と不妊を合法化することで女性が産まないという選択ができるようにもなった。戦後、急激に増えつつあった人口を抑制する施策といえる。中絶や不妊を合法化した背景にはGIベイビー問題や性的暴行など望まない妊娠が増えているという国内事情もあった。優生保護法によって経済的理由を目的とした人工妊娠中絶も認められ、それまでは必要であった地区優生保護審査会の認定が不要となり医師が妊婦の意向を確認して人工中絶を行えるようになった。このことは当時としては画期的なことで日本は世界で初めて経済的な理由で人工中絶を可能とする国となった。1950年代以降には公的報告だけで毎年100万件を超える中絶が行われるようになった。宗教団体である成長の家やカトリック教団は繰り返し中絶反対を訴え続けた。日本医師会は障害を持つ胎児の中絶を合法化し経済的な理由による中絶には反対した。幾度となく人工中絶を禁止する法改正が試みられたが実現することは無かった。

 その一方、障害者等の人権上重大な問題をはらんでいた優生政策・強制不妊に関する規定については1990年代に至るまで顧みられることがほとんどなかった。強制不妊手術の実施数は1950年代末に年1000件以上に達したが次第に減少し、1980年代にはほとんど行われなくなった。最終的に1948年からの強制不妊手術の実施総数は、本人の同意なしに優性保護審査会が決定して行ったものが14566件、本人の同意なしに優性保護審査会が保護者の同意を受けて決定したものが1909件となっている。

 政府は1994年の国連人口開発会議や95年の世界女性会議という国際的な場で優生保護法の前時代性が問題視されるまで障害を持つ人が家族を持つという基本的な人権を明らかに蔑ろにしていた。政府は国際的な問題となって急いで優生保護法の改正に取り掛かるのだが、それまでに多くの障害者たちが人権を侵害されてきたことについては慮ることもなく鈍かった。1996年、政府は優生保護法の内容から大量の条文を削除して急ごしらえで母体保護法へと改正し体裁を取り繕った。母体保護法では堕胎罪の特例を規定した。1998年、国際連合人権委員会は母体保護法による強制不妊手術を強いられた被害者への補償を日本国政府に勧告した。

 2018年に入り強制不妊手術の宮城県の被害者女性が国家賠償請求訴訟を提起すると翌年には旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律が成立させて、当時の安倍晋三首相は「多くの方々が、特定の疾病や障害を有すること等を理由に、旧優生保護法に定められていた優生手術に関する規定が削除されるまでの間において生殖を不能にする手術等を受けることを強いられ、心身に多大な苦痛を受けてこられました。このことに対して、政府としても、旧優生保護法を執行していた立場から、真摯に反省し、心から深くお詫び申し上げます」と述べた。請求期間は5年間で専門家によって受給権があるかの調査が行われ認定されれば一時金が一律320万円支払われる。同様のケースがスウェーデンにおいても発生しスウェーデン政府は速やかに被害者に一律200万円を支払うことで解決した。日本政府もそれに倣ったのではないだろうか。

 被害者による訴訟は全国で次々と提起されたが各地の地裁では憲法違反は認めるものの20年経過による請求権消滅を理由に棄却する判決が続いた。ところが2022年に大阪地裁での控訴審で「優生保護法の立法に伴う障害者等に対する差別、偏見を助長する政策のために訴訟提起の前提となる情報や相談機会へのアクセスが著しく困難な環境にあったことによって賠償請求権が消滅するのは著しく正義、公平の理念に反するとして、このような事情が解消されてから6か月を経過するまでの間、除斥期間の適用が制限されるもの」として国に計2750万円の賠償を命じる判決が下された。この判決を皮切りに全国各地の控訴審で地裁判決が取り消されて多くは国に1500万円以上の賠償を命じる判決がされるようになった。2024年に入り5件の上告を最高裁は受理しており一連の裁判に関して最高裁で統一的な判断が行われる見込みである。

 社会通念というものは時代背景に左右されつつ徐々に変化していくものである。50年前は許容された概念も今では通用しなかったり理不尽や非道であると解されることも多い。それを少しずつ修正しながら社会規範を形成するのが民主主義である。誤りは起こり得るのだからその責任を全うする覚悟も必要となる。2024年2月時点で延べ相談件数7600件、申請受理件数1303件、認定件数1094件となっている。被害者は高齢化している。長い間、精神疾患や障害者の基本的な権利を政治的に社会的に侵害し黙殺してきたことを忘れてはならない。


*一時金が一律320万円とするのは妥当なのか。

*堕胎法の特例と人工中絶や不妊手術を認めるのではなく人工中絶や不妊手術を権利として認める法律を作る方が人権に沿うのではないか。


参考

優生保護法

https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_housei.nsf/html/houritsu/00219480713156.htm

旧優生保護法一時金認定審査会 こども家庭庁

https://www.cfa.go.jp/councils/kyuuyuuseiichijikin-shinsa/

旧優生保護法による優生手術等を受けた方へ こども家庭庁

https://www.cfa.go.jp/kyuuyuuseiichijikin/#txtfile

優生保護法 Wiki

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%84%AA%E7%94%9F%E4%BF%9D%E8%AD%B7%E6%B3%95

優生手術の実施件数の推移 裁判所ウェブ

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/540/092540_option2.pdf

旧優生保護法の救済法が成立、強制不妊手術の被害者に一時金 BBC

https://www.bbc.com/japanese/48047996

旧優生保護法ってなに? NHK

https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/53/

優生保護法の歴史像の再検討 松原洋子

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhsj/41/222/41_104/_pdf/-char/ja

優生保護法とは?問題点や今注目されている理由も スペースシップアース

https://spaceshipearth.jp/eugenic-protection-law/

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