セキュリティクリアランス制度について

酸っぱい、スパイ、ス。

 パソコン、インターネット、デジカメ、携帯電話、原子炉、ロケット、ドローン、電子レンジ、ルンバ、トレンチコート、これらに共通するのは何かおわかりだろうか。戦争によって生まれた技術を民生品に転用したものである。開発時期には高度な科学技術が駆使された品々だ。そして、もうひとつ共通するのが開発に日本が関わっていないこと、発明国の政府調達や民間調達の対象となれていない。世界を変えるビジネスチャンスに貢献できなかったり参入できなかったりしている。それはなぜか。国家機密等の秘密にすべき情報を扱う人物の適格性を確認する制度がなかったことに起因していることが多い。

 政府は27日、経済安全保障上の秘密情報を扱うための資格制度「セキュリティ・クリアランス(適格性評価)」を創設する法案を閣議決定した。G7では唯一日本だけこの制度がなかった。セキュリティ・クリアランス制度を創設することは新たな規制をつくるのではなく実質上、これまで関与できなかったり参加できなかったり対象とされなかったりしていた海外の特定の経済活動に参画することができるようになる。制度による規制が生まれるという側面より、むしろ障壁の緩和と機会創出につながると考えることができる。2014年に安倍政権下で特定秘密保護法が成立しているが、同法は防衛、外交、スパイ防止、テロ防止の4分野に限定しておりそれ以外の経済活動において機微情報に関しては対象である。

 重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案は行政機関の長が重要経済安保情報の指定を行い、重要経済安保情報の提供受ける者や取扱者の制限を定めることにより漏えいの防止を図る法制度である。2022年に成立した経済安保推進法と連携して扱われる。敬座安保推進法では海洋、宇宙・航空、領域横断・サイバー空間、バイオの4領域27の技術を重要特定技術として指定し、基幹インフラを電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車運送、外航貨物、航空、空港、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカードの14分野。 重要インフラは情報通信、金融、航空、空港、鉄道、電力、ガス、政府・行政サービス、医療、水道、物流、化学、クレジット、石油の14分野としている。重要経済安保情報の取扱いの業務は適性評価(10年)において重要経済安保情報の取扱いを行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められた者に限定することになる。既に特定秘密保護法における適性評価において特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められた者は5年間に限り本法律案の適性評価を受けずに重要経済安保情報の取扱いの業務を行うことができる。適性評価における調査の内容は、重要経済基盤毀損活動との関係に関する事項、評価対象者の配偶者、父母、子及び兄弟姉妹並びにこれらの者以外の配偶者の父母及び子及び同居人の氏名、生年月日、国籍及び住所、犯罪及び懲戒の経歴に関する事項、情報の取扱いに係る非違の経歴に関する事項、薬物の濫用及び影響に関する事項、精神疾患に関する事項、飲酒についての節度に関する事項、信用状態その他の経済的な状況に関する事項である。一見、それほど厳しい評価基準には思えない。ほとんどの人に問題がないことばかりだ。この調査内容で基準に満たない人は少数派であろう。重要経済安保情報の取扱いの業務に従事する者がその業務により知り得た重要経済安保情報を漏らしたときは5年以下の拘禁刑若しくは500万円以下の罰金に処される。未遂も罰される。

 安全保障の概念が防衛や外交という伝統的な領域から経済・技術の分野にも拡大している。経済安全保障分野においても厳しい安全保障環境を踏まえた情報漏洩のリスクに万全を期すべくセキュリティ・クリアランス制度の整備を通じて国の情報保全の更なる強化を図っていくことになる。アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、カナダ、オーストラリアなど諸外国でも既に整備されており、軍事に関わる安全保障分野以外の分野において国益に関わる事項についてアクセス対象者を調査し指定している。今回の法案においても各国とのセキュリティ・クリアランスに関する情報共有は行っていくことになっている。

 これまで日本企業は諸外国の重要な政府調達や共同研究などにセキュリティ・クリアランスが証明されていないことを理由に参加できないことがあり、多くのビジネスチャンスを失ってきた。日本企業は現地法人を作ってSC認証を受けた者を雇って参加を図るしかない状況であったが日本の国益を考えると海外での経済活動は日本企業のサテライトであるに越したことはない。重要事項であればあるほどポテンシャルの高いプロジェクトであることが多い。先に挙げたインターネットなど軍事技術から生まれた製品に代表される通りである。日本が各国調達や研究に関われることで世界的な貢献が猶更できていたかもしれない。衛星・AI・量子、Beyond 5G といった次世代技術の国際共同開発に関する機会に日本も境界なく参画するべきだ。また、サイバー脅威・対策等に関する情報も守られなければ攻撃者に対峙できない。

 2023年7月、産業技術総合研究所の中国籍の研究者が、研究データを中国企業に流出させたとして警視庁公安部に不正競争防止法違反で逮捕された。逮捕された権恒道氏は2002年から産総研に勤めており、その間に中国企業10社の役員を兼務していたが産総研の許可は得ていなかった。06年には中国軍の兵器開発とつながりが強い北京理科大の教授にも就任していた。権氏はフッ素化合物に関する技術に関するデータを中国企業にメールで送信しており、受け取った中国企業はその1週間後に当該データを利用した特許を出願するに至っている。20年1月にはソフトバンクの電話基地局の情報を不正に入手したとして元社員が不正競争防止法違反容疑で逮捕されている。在日ロシア通商代表部の元代表代理も情報取得をそそのかしたとして同年5月に書類送検したがすでに出国していた。

 20年10月にはスマートフォンの液晶技術の情報を中国企業にメールで漏らしたとして大阪府警が積水化学工業の元社員を書類送検した。元社員が使っていたビジネス用SNSに、中国企業側は接触してきたという。高市早苗大臣はこれらの摘発は氷山の一角だと話す。セキュリティ・クリアランス制度はビジネス機会の創出のみならずこのような事態を防ぐ一助となるために待望されていた。

 この法律案には大きな忘れ物がある。ハニートラップに関してである。自国に有利な情報を得るためにはなんでもする。政治家、官僚、外交官、学者、自衛官など実力の大小を問わずトラップが仕掛けられる可能性がある。かつて、安倍晋三元首相は中国で女性よる接待は断っていたと言っているし、元大阪市長の橋下徹氏もハニートラップを仕掛けられた経験をテレビ番組で明かしている。ハニートラップを未然に防ぐ警備、ハニートラップにかけられた疑いのある者をどうするのか、など安全保障上では看過できない重要事項であるはずだ。2024年2月21日に参議院松下新平議員の中国人秘書が新型コロナの持続化給付金の詐欺容疑で送検されたことが報じられた。松下議員の中国人秘書は中国警察の海外拠点との懸念がもたれている日本福州十邑社団聯合総会という団体の役員を務めているという。この容疑者となっている中国人秘書に松下議員は「外交顧問兼外交秘書」などという意味不明な肩書を与えている。松下議員のパーティー券の売り上げはこの中国人秘書のお陰で増大したという。政治資金規正法では外国人からの寄付を禁止しているが外国人によるパーティー券の購入は禁止していない。外国人による迂回献金が可能だということだ。このことからも国会議員と国会議員の秘書に関しても一定のセキュリティ調査が必要といえるのかもしれない。今法案では大臣や副大臣、政務官は調査の対象外としている。理由は総理が任命するから大丈夫だという。あまりに曖昧な理由だ。前出の松下新平参議院議員は総務副大臣や国土交通大臣政務官を歴任している。総理が任命してもダメなときはダメ、単なる性善説を頼るに過ぎない仕儀である。

 2014年の特定機密保護法が審議された時もそうだったが徐々にセキュリティ・クリアランス制度に反対する声が聞かれるようになってきた。少数派の声は少数だからこそ大きく見せる。その代表格が日本弁護士連合会である。政府の違法な行為を秘密指定してはならないと法定すること、公共の利害にかかわる事項を明らかにしたことによってジャーナリストや市民が刑事責任を問われることがないこと、適正な秘密指定がなされているかどうかをチェックするための政府から真に独立した機構を作ること、一旦秘密に指定した事項が期間の経過等によって公開される仕組みを作ること、を主張していち早く反対を唱えている。まず、政府の違法な行為を秘密指定するケースとはどのようなことか。政治が立法府を司るのであるから違法な行為は発生しない前提がある。次にジャーナリストが重要経済安保情報を得るということはその情報が漏洩したことに他ならない。情報を漏洩することが禁じられた情報を漏洩したものは犯罪になる。そのジャーナリストの情報の入手方法次第では罪に問われるのは当然ではないか。適正な秘密指定がされているかどうかをチェックする独立した機構を作ることに意味があるのか。そのチェック機構をチャックする機構も必要になるだろう。重要経済安保情報の指定は各省庁の大臣が行う。大臣は総理大臣が任命する。総理大臣は国会議員の中から選ばれる。国会議員は国民に選挙によって選ばれる。大臣が指定する機密情報は国民の多数の意思である。民主主義的に問題はない。社民党はアメリカの言いなり、戦争への道の仕上げ、などとHPに掲載している。もはや、会話にならないレベルである。

 セキュリティ・クリアランス制度によって調査するには対象者の同意が必要である。否応なく対象者を指定して行う認証ではない。アクセスする情報は国益に関わることである。できる安全対策を怠ってはいけない。そして、セキュリティ・クリアランス制度がなかったことで国家として官民を問わず多くの損失を被ってきたことを忘れてはならない。制度の制定は規制の強化ではなく商機の創出なのだ。スパイを認証してしまいスパイが公然と活動できるようになるのではという声もあるが、スパイを疑わずに放置し調べもしない状況で公益を守れるのか。調査は決して高いハードルではない。よってスパイが網をすり抜ける可能性はある。だが、現状は抑止力が働かず野放しに近い。本来ならば欧米各国と同様の内容のセキュリティ調査を行うことが必要とされる。同様のセキュリティレベルで初めて同じ席につけて同じ情報を得られるのではないか。せっかく法規定するのであれば世界のスタンダードに合わせるべきだとは思わないのだろうか。及び腰では効果を発揮できない。制度の必要性には同意するが本法案に反対するのは中途半端な規定に留まると豆腐に鎹となり、逆にスパイ行為の追認になるのではないかと考えたからである。付帯決議等で補えれば結論は違ってくる。


*ハニートラップに関して、事前事後の措置が盛り込まれていないが政府の問題意識は。

*議員や議員秘書も一定のセキュリティ調査が必要なのではないか。

*審査をクリアできなかった者に対するその後の人事などの処遇に何らかの影響はあるのかどうか。

*現在、すでに赴任している外交官や機密事項に触れる職務に就いている官僚などには審査を義務付けるのかどうか。

*罰則規定が5年以下の禁固か500万円の罰金では緩すぎないか。国家の機密事項が500万円以下で買えるなら安い買い物だと思われないだろうか。

*審査の有効期間は設けないかの。審査後はずっと認証されたままで大丈夫か。


参考

重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案 内閣官房

https://www.cas.go.jp/jp/houdou/pdf/20240227_siryou.pdf

「重要経済安保情報」漏えい、5年以下の拘禁刑…政府「セキュリティー・クリアランス制度」法案 読売新聞

https://www.yomiuri.co.jp/politics/20240202-OYT1T50202/

就職差別につながるおそれのある不適切な質問の例 大阪労働局

https://jsite.mhlw.go.jp/osaka-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/shokugyou_shoukai/hourei_seido/kosei/futeki.html

諸外国における情報保全制度の比較

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyo_sc/dai3/siryou2.pdf

軍事技術が転用・応用された身近なもの一覧

https://macochi.hatenablog.com/entry/2012/10/23/222002

産総研の技術漏えい、研究員は中国企業10社の役員兼務

https://www.yomiuri.co.jp/national/20230705-OYT1T50288/

高市早苗氏、セキュリティー・クリアランス制度「何としても法制化を」 読売新聞

https://www.yomiuri.co.jp/economy/20230718-OYT1T50256/

セキュリティ・クリアランス制度に反対する意見書 日弁連

https://www.nichibenren.or.jp/document/opinion/year/2024/240118.html

セキュリティクリアランス法案は大軍拡の基盤作り 社民党

https://sdp.or.jp/sdp-paper/sc/

中国「海外警察」の元女性幹部が秘書 参院松下新平氏側「関係ない」 産経新聞

https://www.sankei.com/article/20240228-4SLCJCAZVRJKDJFLFDVWRSYSJY/

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