海上風力発電設置エリア規制法と自衛隊電波障害配慮法について

風、い対象。

 2050年カーボンニュートラルの実現に向けて環境省が切り札と称する発電方式がある。それは何か、洋上風力発電である。洋上には山や建物など起伏や障害物がない。会場では乱気流も少なく安定した風力が得られることから効率の良い発電が可能だと考えられている。再生可能エネルギーでは太陽光発電が広く普及しているが天候の影響を大きく受けるほか夜間は発電ができない。洋上風力発電は夜間や悪天候でも発電が可能であることは大きな利点といえる。洋上では土地や道路の問題もないことから大型発電施設の設置への近隣障壁はない。原料が風であるから他国から燃料などを輸入せず国際情勢に左右されずに安定的に稼働できる。日本は四方を海に囲まれており設置可能な場所も多いはず。

 洋上風力発電の設備の導入量はイギリスが29%、中国28%、ドイツ22%、オランダ7%、ベルギー6%となっている。元々はヨーロッパが先行していた洋上風力発電であるが近年中国が追い上げてきている。世界全体の導入量は2010年に2.9GWであったが2020年は35GWに達し、10年で10倍以上となっている。2030年までにイギリスは40GW、ドイツは20GW、オランダは11.5GW、デンマークは5.3GW、中国は40GW超を目標に掲げて設備投資が進められている。2030年には世界で228GWに至ることが予想される。特にアジア地域での導入拡大が予想され、中国、インド、台湾、韓国、インドネシア、フィリピン、ベトナム、そして日本が挙げられている。アメリカは2020年時点ではわずか42MGしかない状態である。中国は2019年から2030年まで毎年平均3.5GW程度の導入を続ける計画を公表しており2030年には40GWから50GWになるであろう。台湾も2031年までに9GWの導入を予定している。日本として取り組む具体的な目標を示した「洋上風力産業ビジョン」では2030年までに10GW、2040年までに浮体式を含む30GW〜45GWの洋上風力発電を導入するという目標が掲げられた。しかし現状としては日本の洋上風力発電設備容量は2021年時点の累積で4.58 GWとなっており、さらなる導入を進める必要がある。

 環境省の調べでは2020年時点で発電コストは主要発電方法の中では洋上風力発電が最も高額であり30円/kWhである。2030年の予想価格でも25.9円/kWhとなっており依然として高値である。IRR相当費や予算関連製作費が9円から7円も含まれていることから供給単価が高くなっている。建設費も高いし、それに伴う固定資産税も高い。洋上は陸上の約2倍から3倍の建設費がかかると言われている。何より維持管理費が高い。洋上では波による浸食作用により陸上よりも速く劣化が進行する。加えて陸から離れるとメンテナンスのための往復移動にも費用がかかる。発電した電力を運ぶ海底ケーブルも施設しなければならず陸から離れれば離れるほど施設費も維持費も高額となる。

 課題はコストだけではない。日本はヨーロッパに比べ許認可にかかる時間が長いためにプロジェクトが立ち上がったとしても環境調査が行われ実際に建設が始まるまでの時間が長い。風力発電は環境アセスメント法の対象となっている。周辺の自然環境に与える影響を事業者自らが調査、予測、評価を実施する。配慮書手続、方法書手続、準備書手続、評価書手続、報告書手続などで4年程度を必要とし1億円超の費用がかかる。環境アセスメントの本来の目的は発電所の建設規制ではなく発電所建設による環境影響を最小限にとどめ、その環境等への影響や負荷をいかに軽減・緩和するかを関係者で協議して事業者の責任において対策を実行することである。画一的なアセスメントの項目設定や審査方法によって事業者の参入障壁が高くなりすぎることで投資意欲を削いでしまっては元も子もない。環境省は全国レベルでの基盤情報の収集とモデル地区における地域固有情報の収集を行って貴重な動植物の生息、生育状況など環境アセスメントに活用できる環境基礎情報を事業者や関係者がアクセス可能なデータベースとして整備することにより事業者の実施する現地調査の期間を大幅に簡素化することを目指している。

 洋上風力は発電設備を海底に固定する着床式と浮体施設をチェーン等で海底に係留する浮体式の2種類ある。ヨーロッパは着床式が主流であるが日本には遠浅の海は少ないことから浮体式が適している。浮体式での技術開発を世界に先行することができれば日本の海上風力発電のプラント製造や設置工事の分野での優位性も見込まれる。また、海上での過酷な使用環境にあることから使用期間は25年とされている。耐用年数を超えた発電設備の撤去には巨額の費用が掛かるのではないかと懸念されている。リユースが困難なFRPに代わるブレードに使用可能な素材の開発を進める必要にも迫られる。洋上風力発電全体の課題として日本国内に大型風車のメーカーが存在しないことが挙げられる。そのため、洋上風力発電に不可欠な発電装置を製造するには必ず海外から大型風車を輸入することになる。それは日本で多く敷設されている太陽光発電パネルにも言えることだが国産のものよりも中国をはじめとした外国からも輸入資材であることが多い。単純にこれまで国内においては需要がなかったからである。風車やコア部品はデンマークなど欧州から、タワーやブレードは中国や韓国から輸入している。基礎部品の技術難易度は決して高くない。需要さえ見込めれば供給は可能であろう。海洋風力発電の市場は2030年には現在の18倍となる9200億円超規模になると見込まれている。SEP船には清水建設が500億円を投じ、モノパイル工場にはJFEエンジニアリングが400億円を投じる。東芝もGEと共同でナセルの組立ラインを検討中である。

 そんな中、国会に海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律の一部を改正する法律案と風力発電設備の設置等による電波の伝搬障害を回避し電波を用いた自衛隊等の円滑かつ安全な活動を確保するための措置に関する法律案が提出されている。洋上風力発電のゾーンニングと自衛隊の電波障害に配慮する為の法律である。

 ゾーンニングの法案は海洋環境等の保全の観点から促進区域の指定の際に国が必要な調査を行う仕組みを創設することが盛り込まれている。自然的条件等が適当である区域を募集区域として広告する。事業者は設置区域案と事業計画案を提出し指定を受ける。事業者と利害関係者等を構成員とした協議会を設ける。経済産業大臣及び国土交通大臣は協議会において協議が調った事項と整合的であること等の許可基準に適合している場合に限り設置を許可する、という流れを規定した。併せて、募集区域以外の海域において設置許可は行わないことを明確にした。つまり、これまでは環境アセスメント法によって膨大な手続を必要とした事前調査を事業者ではなく環境省が実施することになった。その代わりに事業者は国が募集するエリアでしか洋上風力発電施設の設置申請は行えない。

 これまでの現行法の適用対象は「領海及び内水」のみでありEEZにおける海洋再生可能エネルギー源の利用に関する定めが存在しなかった。世界第6位のEEZ領海を保有する日本において健全で効率的な洋上風力発電の整備を促進するには必要不可欠な法規定である。制限以外においても国際連合条約に規定される海洋構造物の撤去義務や漁業や船舶の航行等の海洋の先行利用者への配慮などについてもガイドラインが策定されることが想定されている。

 早期参入が有利と言われる洋上風力発電所の事業者を決定する入札は既に行われている。秋田県秋田市沖事業はJERA/Jパワー/伊藤忠/東北電力が落札。新潟県沖事業は三井物産/RWE/大阪ガスが落札、長崎県沖事業は住友商事/東京電力が落札、秋田県能代市沖事業はENEOSが落札した。今後、丸紅とコスモの動きが注目されている。

 別件であるが自衛隊のレーダーや人工衛星の通信を阻害することは国家国民の安全保障や生活便益に大きな影響を与える。既定の航空法では制限表面や航空路監視レーダーの範囲は保全エリアとされている。それでもなお、その周辺で調整が必要な場合がある。これらの地域については空港事務所等の関係者と早期に協議しエリアを設定することになっている。今回の法案では防衛大臣が告示で指定する陸上区域において風力発電設備を設置する者は防衛大臣に届出をする義務を規定された。防衛省と経産省は相互に協力し、自衛隊の電波を障害する場合は設置者との2年間の協議機関を設けることとした。国益を優先すること当然であり、国民の安全保障は何物にも代えがたいことから法による妥当な措置といえよう。


*航空法と自衛隊レーダーへの電波障害への今回の法案はあえて切り分けて新法を創設する必要があるのか。航空法を改正して追加するだけで済ませてはだめなのか。

*風力発電施設の設置する場合は事前に届け出義務を課せばよいのではないか。自衛隊のレーダーを干渉する可能性のある場合は設置前に協議ができるのでトラブルを回避できるはずだが。

*EEZ内での洋上風力の設置募集エリアはこれまで事業者が計画して環境調査などを既に進めてきたエリアとの連携は取れているのかどうか。

*環境アセスメントにおける事業者負担の軽減だけでなく発電設備や工事技術への国の支援を厚くすることが純国産のクリーンエネルギーの普及促進に繋がると考えるがどうか。

*海底ケーブルに関する規制はしなくて大丈夫か。特に地上近辺の推進の浅いエリアでの施設方法や保守方法や責任の範囲を明確にした方がよいのでは。


参考

「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律の一部を改正する法律案」

https://www.env.go.jp/press/press_02867.html

風力発電に係る地方公共団体によるゾーニングマニュアル 環境省

http://assess.env.go.jp/files/0_db/seika/0006_02/02.pdf

規制の事前評価書

https://www.soumu.go.jp/main_content/000934753.pdf

洋上風力発電に関する近時の動向及び法改正について 越元 瑞樹

https://infrato.jp/15599/

洋上風力発電に関する世界の動向

 https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/202106_OffshorewindInfo.pdf

電気をつくるには、どんなコストがかかる? 資源エネルギー庁

https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/denki_cost.html

洋上風力発電とは?陸上風力発電との違いやメリット・デメリットを解説!

https://www.mitsui.com/solution/contents/solutions/re/34#:~:text=%E6%B4%8B%E4%B8%8A%E9%A2%A8%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E3%81%AB%E3%81%AF%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%81%8C,%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%8C%E6%8E%9B%E3%81%8B%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82&text=%E3%81%BE%E3%81%9A%E5%9F%BA%E7%A4%8E%E5%B7%A5%E4%BA%8B%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%8C,%E3%82%92%E5%9B%BA%E3%82%81%E3%82%8B%E5%BF%85%E8%A6%81%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

再エネ拡大の切り札、国内初の大型洋上風力発電所が動きだす

https://newswitch.jp/p/33745

浮体式洋上風力発電とは?抱える課題と日本、他国の取り組み

https://earthene.com/media/1533

風力発電設備の設置等による電波の伝搬障害を回避し電波を用いた自衛隊等の円滑かつ安全な活動を確保するための措置に関する法律案

https://www.mod.go.jp/j/presiding/houan/index.html

陸上の風車建設を規制へ 法案を閣議決定「自衛隊レーダーへの影響を防止」

https://windjournal.jp/119615/

戦略三文書に基づく2年度目(2024 年度)の防衛力整備

参議院常任委員会調査室・特別調査室

https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2024pdf/20240226061.pdf

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