兵庫県知事選 出直し選挙が告示(後編)
行こう、べ。
あの男の参戦で状況が一変する
立花孝志氏が斎藤元知事を擁護するために出馬
3月12日に元県民局長から配布された告発文を斎藤知事が把握したのは3月20日。片山副知事らと協議し25日から元県民局長らを事情聴取し公用パソコンを押収している。告発文を受け取った警察は匿名であったことから公益通報ではなく情報提供として扱っている。斎藤知事は元県民局長が噂話を集めて作成したものだと供述したと説明した。元県民局長は定年退職の4日前となる3月27日に役職を解かれ退職を保留扱いとなった。この時、斎藤知事は元県民局長の告発文を嘘八百だと非難している。4月1日に元県民局長が反論文をマスコミに配布。4日に公益通報窓口に通報する。5月7日には県が正式に定職3か月の懲戒処分を言い渡す。7月7日、元県民局長が自殺。7月12日片山副知事が辞職。8月30日、知事が県議会の百条委員会に初出席する。元県民局長の処分は正当であったことを主張。9月6日、百条委員会に知事が2度目の出席。9月19日、県議会で知事の不信任案が全会一致で可決。9月26日、斎藤知事が失職を選択し、再選を目指して知事選に立候補すること表明した。
さて、この間、百条委員会での調査は引き続き行われている。百条委員会での調査結果の取りまとめが公表される予定は12月とされておりまだ時間を要する。百条委員会は裁判所ではないので判決を下せるわけではない。あくまで調査機関であるが出頭しなかったり、求められた資料の提出を拒んだり、虚偽の発言を行えば罰則規定がある。調査権の実効性が担保されることで調査結果の信憑性は高まる。問題発覚当初、人事部職員は第三者委員会を設置して調査することを知事に提案したが、結果が出るまで時間がかかることを懸念した知事は独自の調査結果で処分を急いだ。結局、第三者委員会は9月中旬に設置されて百条委員会と並行して調査を行っている。
告発文は公益通報とされず
斎藤知事には告発文の取扱いについても疑義が生じている。人事当局が「懲戒処分は公益通報に基づく調査結果を待たなければならない」との見解を示したにも関わらず斎藤知事が同年4月中旬に早期の処分を検討するよう指示したことを職員が百条委員会で証言している。4月4日には元県民局長より公益通報窓口に3月12日の告発文と同一内容のものかどうかは守秘義務があることから不明であるが公益通報の書面が提出され受理されている。知事が公益通報による調査を軽んじたことは落ち度であったと言わざるを得ない。斎藤知事は百条委員会で「告発というより誹謗中傷性の高い文書だと思った。作成した人を特定し、聴取するのは問題ない」と主張した。しかし、3月12日に配布された告発文が明らかなデマというには拙速すぎる判断なのではないだろうか。パワハラはパワハラを受けた者の主観も判断材料となることから、パワハラをしたと疑われる斎藤知事が独自にデマだと言い切ることはできない。たかだか車を降りて20メートルを歩かされただけで「強い言葉で叱責した」ことは知事自身が認めて証言している。それを直接目撃した者が「車を降りて大声で怒鳴っていた」のを直接見たとアンケートに回答している。怒鳴りつけているのを直接見たという回答は一人ではなく複数人が同様の回答をしている。パワハラは行為を仕向けた本人が有無を判断することはその性質上できない。8月30日には百条委員会で知事によるパワハラ被害を訴える者が証言している。阪神優勝パレードの資金を募る金融機関からの寄付と補助金のキックバックがセットなのではないかという疑惑も客観的に事象を考察すれば黒だと判断するのが妥当だろう。しかし、それでは単なる状況判断に過ぎず完全な立証とはならない。金融機関は軒並み疑惑を否定するが、そこに含まれる金融機関の幹部が証言し、証拠としてメールやLINEのやりとりなどをマスコミに明かしている。市民団体から刑事告訴を受けた警察においても捜査が進んでいる状況であることから斎藤知事はこの一件を間違いなくデマであったとは断言できないはずだ。斎藤知事が選挙前に事前運動を行っていた件に関してもアンケート調査の回答に具体的に当事者として経験した者の証言が寄せられている。知事が大阪府主計課長だった時に兵庫県の施設で職員を集めて演説を聞かされたという証言である。17名もの当事者の回答があることからデマだと決めつけることはできない。よって、元県民局長が配布した告発文に真実である可能性が残る事項が記載されていたことは間違いない。斎藤知事が処分を4月中旬に急いで下したことは拙速すぎたかもしれない。
7月7日に元県民局長が自殺したことで事態は急変する。県民局長の自殺の原因が斎藤知事による告発文の究明と拙速に下した処分にあるのではとマスコミが追及する。世論もマスコミの追及に誘引され斎藤知事に対して否定的となる。当初、告発内容が虚偽であるとされて懲戒処分の対象とされたことに対する抗議として自殺したものと報じられた。言い換えれば、斎藤知事が元県民局長の告発をデマと決めつけ一方的に断罪し、告発者を死に追い詰めたように受け取れる。「死をもって不正を暴く、死をもって抗議する」という行為はあまりにセンセーショナルな出来事で瞬く間に斎藤知事は自身の保身の為に告発文をデマだと嘯き元県民局長を死に追いやった不逞な知事だというレッテルが貼られた。片山副知事の百条委員会での発言からも知事が元県民局長の処分を急いだことは事実だと証言している。テレビや新聞などあらゆるメディアが、知事が内部告発者を死に追いやったという構図で報道した。百条委員会も斎藤知事を悪と決めつけて追及を行っていることが明らかな状態であった。県民局長の死は斎藤知事を奈落の底に突き落とすだけの反撃力を持った。
だが10月中頃になるとその風潮は徐々に変化を見せる。兵庫県で長期政権を敷いた井戸県政に対して改革を進めてきた斎藤知事への抵抗勢力が仕掛けたトラップなのではないかという噂が徐々に広がり始める。港湾利権を是正しようとしたとか、天下りを削減するために採用期間を短縮したとか、県議会定数を減らそうとしたとか、県議会報酬を減額しようとしたとか、そういった話がSNS上で広がりを見せだした。斎藤知事は既得権者や抵抗勢力からトラップを仕掛けられ、多くのデマが撒かれて県政の転覆を狙われたのではないかと言われだした。斎藤知事を肯定する県民も一定数みられるようになったものの斎藤知事に対して否定的な県民が未だ圧倒している状況にあった。
立花孝志氏による元県民局長のプライバシーの暴露
兵庫県知事選が告示される直前になって立候補を唐突に表明した立花孝志氏によって空気が一変する。守勢に回っていた斎藤元知事を擁護する主張を立花孝志氏が展開する。告示日以降、立花氏の主張は勢いを増す。斎藤元知事の悪玉論が影を潜めるように目立たなくなっていく。とはいえ、斎藤元知事を批判する声が無くなったわけでない。立花氏のアグレッシブな斎藤元知事擁護論が立花氏の持つ発信力の強さも相まって目立つようになった。東京からやってきた立花氏は当選を目指して立候補したのではない。斎藤元知事の告発文は県政の転覆を狙う勢力によって仕込まれた悪玉ストーリーだと思ったからである。斎藤県政を良く思わない勢力が県政奪取を目論んで起こしたクーデターなのではないかと匂ったからだ。
立花氏の具体的な主張は、告発文に完全なデマであり、文書を作成した元県民局長は斎藤知事を名誉毀損するという罪を犯している、県からの懲戒処分を下された後に自殺したのは調査の為に県に押収された公用パソコンに不倫を裏付ける証拠やデータが残っていることを苦にして自殺した、元県民局長は人事部などを歴任しており、立場を利用して10年で10人もの女性と不倫している(後に不同意性交の疑いに言い換え)、3月12日の文章は完全なデマであるから公益通報にあたらないどころか名誉棄損する文章である、よって、元県民局長は犯罪者である、しかも、多くの女性と不同意性交を犯した疑いもある、S氏は元県民局長の問題発覚後にすぐに退職していることから不倫関係にあったことは明らかだ、元県民局長の公用パソコンには不倫した女性との卑猥な画像が収められている、これらのことが発覚するのを苦にして県民局長は自殺したのであって斎藤元知事とは関係のない、斎藤元知事はデマを撒かれ名誉を棄損された被害者である、というものである。そして、立花氏は知事選挙直前に非公開で行われた百条委員会の音声データを入手し、その音声を街頭やSNS上で公開する。公開された音声には片山元副知事が元県民局長の公用パソコンに不倫日記が残されていたことを話そうとすると委員長である奥谷謙一県議会議員が阻止していることがわかるくだりが収められていた。おそらく片山元副知事が言いたかったのは元県民局長が自殺したのは県の犯人探しや懲戒処分によってではなく不倫問題(のちに不同意性交)の発覚を苦にしたものだということ。立花氏は元県民局長の不倫の発覚を阻止した奥谷委員長らが斎藤知事を知事の座から追い落とし県政を転覆させようとしているのだと糾弾した。立花氏は奥谷委員長だけではなく緑の党の丸尾まき氏や県民連合の竹内英明氏の名前も出して改革を進める斎藤県政に対する既得権者によるクーデター事件だと主張している。立花氏のストーリーを聞くと辻褄がある程度あうことから尤もらしい。元県民局長が不貞行為に及んでいたことも百条委員会から流出した音声を聞くと確かに否定しがたい。だからと言って元県民局長が撒いた告発文に記載された7つの疑惑がすべてデマだと断定することには至らない。つまり、どちらの主張にも妥当性がある。
これまでのいざこざが斎藤知事グループと反知事派の派閥争いだとすれば、結局、知事選の投票結果を待つしかない。だが、その結果と問題の解決とは別問題。選挙によって一応の決着が着いたかのように見せかけるだけで派閥争い恐らく今後も続く。
現状を俯瞰すると、テレビや新聞は斎藤元知事に否定的、SNS上では斎藤元知事擁護派とアンチが5分5分といったところのようだ。なかんずく危惧するのは選挙と言うモラルハザードのお陰で事を過激化しすぎて選挙運動が刑事事件に発展してしまわないかということ。斎藤県政否定派も擁護派もアジテーションを煽っている状態。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という。やり過ぎもやり損ないも良くない。
最後にこのことだけは記しておきたい。亡くなった県民局長が百条委員会の開催前に弁護士に頼んでまで公用パソコンの公開を阻もうとしたのは公用パソコンに不倫に関することや破廉恥な画像が収められていたからではなく、元県民局長に寄せられた反斎藤知事派からの相談や情報共有、反斎藤知事派の県会議員らからのメールが残っていたからなのではないか。元県民局長を頼りにした職員や議員らの存在と実名が公開されることを阻止したかったのではないだろうか。そして、元県民局長のパソコンデータに記されていたとされる「クーデター」なる表現も実は県民局長が使った言葉ではなく、県民局長に寄せられたメールなどに書かれていた言葉だったのかもしれない。自分のプライバシーを守ることよりも自分と繋がる同志たちのプライバシーを守りたかったのかもしれない。だとするとあなたは「武士の情け」をかけるか、「情けはひとのためならず」とするか、因果応報とするか、如何にあらん。兵庫県知事選挙の投票日は10月17日である。
参考
【まとめ】兵庫県知事、「失職・出直し選」を選択◆パワハラ疑惑、これまでの経緯を振り返る 時事通信
https://www.jiji.com/jc/v8?id=202409saito-hyogo-team
公益通報とは? 兵庫県と斎藤元彦知事の対応はどこが問題なのか 読売新聞
https://www.yomiuri.co.jp/national/20240909-OYT1T50160/
独自】「斎藤知事からパワハラ受けた」兵庫県職員が初の直接証言 ”非公開”の証人尋問で証言…兵庫県の百条委員会 MBS
https://news.yahoo.co.jp/articles/3dbb76b3b1eed03d02fd72f22411c3da85330e54
「兵庫県職員アンケート調査」中間報告
https://web.pref.hyogo.lg.jp/gikai/gaiyo/koho/documents/060823_2.pdf
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