日本の農業の現在地、日米の農政をみる
農家は発展かのうか?イエスかのうか?
「日本は世界第五位の農業大国」(講談社+α新書)浅川芳裕著が発刊されて12年が経とうとしている。浅川氏が記した日本の農産物の年間生産額8兆円はアメリカに次ぐ先進国第2位、ネギ1位、キャベツ5位、コメ10位は現在どうなっているのか調べてみた。
令和3年の日本の農産物生産額は約8兆8千億円、ネギは世界2位、キャベツは世界7位、米は世界11位となっている。数字だけを見ると12年前とほぼ同じ状態を維持している。インドやブラジルやトルコや南アフリカなどグローバルサウス諸国が目覚ましい発展を遂げる中で日本が12年前と同様の農業生産額や生産量を維持できていることは上出来以上の見事な成果なのではないだろうか。平成22年には農業従事者が205万人いたのだが令和2年には136万人となり実に34%も減少している。それにもかかわらずこの10年間、農産物の生産量を維持してきたのだから尚のこと素晴らしい。農業従事者が減少するのは高齢化が進んでいるからだけではない。十分な所得が得られないことに起因しているとも考えられる。令和元年の農業所得の平均は12万円となっており、個人農家は114万円、農業法人は327万円である。特に所得が低いのが水田作で12万円、採卵が66万円となっている。所得が高いのが酪農の820万円、養鶏の674万円、養豚が587万円である。ただし、個人農家の所得が低いのは兼業農家が占める割合が多いからでもあるし、逆に兼業しないと農業だけでは生活できないという現実がある。農業従事者の67%が兼業農家である。専業農家が33%しかいないのは専業では生活が成り立たないという状況が個人農家の平均収入から一目瞭然だ。ちなみに日本人の平均年収は461万円だから個人農家は四分の一以下の収入となっている。
アメリカの農業事情はどうなのか。アメリカは2011年からの10年間、農産物生産量も生産額も世界2位を維持し続けている。穀物生産量は2011年は約3億8千万トンであったが2021年には約4億5千万トンに増加している。アメリカの農業従事者の年収は州によって大きな開きがあるもののこの5年間は安定的に平均値で約27.8千ドルである。日本円で約400万円になる。アメリカの平均年収は1300万円を超えているので農家の収入は日本と同様に平均の四分の一以下の収入である。アメリカでも農業だけで生計を立てることは困難であることが多い。よって8割以上が兼業農家である。
アメリカの耕地面積は日本の4倍である。アメリカの農業従事者の数は約260万人であり日本の2倍である。日本の4倍の面積を日本の2倍の人員で従事している実態からアメリカの農業は大規模化によって日本の2倍の効率的な運営を行っていることになる。
アメリカでも日本と同様に農業従事者の数は減少している。2012年から2016年の間に1.6%の従事者が減少している。それによって1農家あたりの耕地面積は5.4%増えている。つまり、着々と農家の大規模化、つまり効率化が進んでいることになる。近年ではスマート農業と言われる進化したテクノロジーの導入が農作業の効率化を支えている。GPSを活用した大型農機やドローンの自動操縦が人員減少と大規模化を支えている。
日本においても農業の大規模化は進んでいる。アメリカ同様に農業従事者は減少傾向にあるが生産高は維持している。日本政府が行っている農業の大規模化、生産の効率化への取り組みの一つとして有名なのが農地中間管理機構である。通称、農地バンクと言われ高齢化や後継者不足によって耕作を続けられなくなった農地を借り受け、企業や組織などの担い手に貸し付けるという役割を担っている。2015年には42万ヘクタールあった耕作放棄地が農地バンクが機能したことにより2018年には22万ヘクタールに半減している。併せて、政府が農業生産法人のほかに一般法人にも農地の所有を認めたことも大きい。農業の法人化を推進したり、一般法人の参入を施すことで、農家の信用力は向上し資金調達がしやすくなった。法人化することで従業員の社会保険の加入も進んだ。政府が進めた大規模化によって農業がビジネスになりつつある。前述のように農業法人の収入は個人農家の約3倍にもなっている。
政府が進めている農業の大規模化、効率化が成果を生んでいる一方で中山間地をどうするのかという問題もある。日本はアメリカのように広い平坦地を確保が容易ではない。日本は農地の4割が中山間地だとも言われている。今後、政府に寄せられる課題は大規模化に適さない中山間地での農業をどのように活用するかである。収益性が低いままだと離農を食い止めることはできない。多種多様な品目の耕作を試みると同時に小規模農業を再評価する必要もあろう。近年、自然災害が多発している。多様な小規模農業を機動的に展開することで災害リスクを低減できないだろうか。日本の農政は大規模一辺倒では馴染まない。
アメリカの農業法は5年ごとに更新される。2018年度はほぼ前期のまま更新された。アメリカの農業予算の約半分は低所得者向けの食糧支援の予算である。いわゆるSNAPと呼ばれるもの。そして、残りの予算の多くが農業従事者への公的助成である。アメリカでは農業従事者の所得の約40%が公的助成だと言われる。アメリカ政府が生産コストを計算して販売価格を設定する。農家は設定されたその生産コストより実際には安い販売価格となった場合はその差額を政府から助成されることになる。政府が事前に販売コストを提示することからアメリカの農家は安心して生産することが出来る。また、農家の過去五年の生産額から最高額と最低額を除いた3年の平均生産額の86%をアメリカ政府が収入保障している。さらに穀物等の生産物を担保にした融資制度もある。穀物市場価格が融資単価を上回る場合は、農業者は融資を返済し穀物を返却してもらう。または市場価格が融資単価を下回る場合は、農業者は返済を免除される代わりに穀物を政府に引き渡すという制度である。この融資制度によって生産するための借り入れのリスクはなくなる。
日本には農家の所得補償はない。生産に対する助成も10%程度です。政府の支援は新規就農に対する支援がほとんだと言える。新規就農の準備期間として150万円を最長2年間、生産を開始して最長5年間は150万円が支給される。新規就農者に限られた補償であるから農家の収入補償にはあたらない。その他にも農業法人が生産だけではなく加工、流通、販売まで行い6次産業化する為の費用として販売場所の整備費用として最大5000万円まで受給できる制度がある。生産とは関わりはないが食と地域の交流促進対策交付金という集落の維持、過疎地の活性化を図る助成がある。地域資源を最大活用し、創意工夫を凝らした農村の交流などを促進させる目的として条件が合えば1地区につき250万円が支給される。農家の収入補償ではないが収入補償保険というものはある。生産に対する公的助成制度ではない。あくまでも保険である。災害で作付けが不可能になったときやコロナでの減収、倉庫の浸水、作物の盗難、運搬中の事故、急激な価格低下などが起きた際に基準となる収入の9割を受け取れるという保険である。基準収入が1000万円の場合は掛け捨てで年20万円ほど、積立は年33万円ほどの保険料となっている。
かつて、2010年の民主党政権時において米農家の戸別所得補償制度が創設された。食料自給率目標を前提に国、都道府県及び市町村が策定した生産数量目標に即して米、麦、大豆などの主要生産物の生産を行った農業者に対して、生産に要する費用と販売価格との差額を基本とする交付金を交付するという制度あったが現在は廃止されている。また、水田利活用自給力向上事業として、麦、大豆、米粉用米、飼料用米などを生産する販売農家を対象に全国一律の定額補償が10アール当たり15,000円が支払われた。2013年には自民党政権下で経営所得安定対策制度と名称を変更され10アール当たり7,500円に減額し2017年まで継続し、その後、廃止となった。
アメリカのような収入補償制度や融資制度が日本には存在しないにも関わらず生産額や生産量を維持し続けているのだから感心だ。日本の農業の大規模化、効率化は順調に進んでいると言える。並行して中山間地での小規模農業への評価と道筋を明確にして多様化が進めば日本の農業界は尚一層明るい展望が開けるだろう。
因みに日本の食料自給率は生産額ベースで66%である。各国の生産額自給率はアメリカ92%、フランス83%、イタリア80%、ドイツ70%、イギリス58%。つまり、日本の生産額自給率は他国に比較して遜色ない。政府はカロリーベースで算出し危機を煽るが世界の標準的指標は生産額ベースである。農水省が予算確保の為に殊更に食料自給率の危機をぁ思っているだけなのかもしれない。
参考
世界の統計 第4章 農林水産業 総務省作成
https://www.stat.go.jp/data/sekai/pdf/2023al.pdf#page=82
【世界】ネギ(ニラ含む)の産地・生産量ランキング 食品データ館
https://urahyoji.com/crops-green-onion-w/
世界のキャベツ 生産量ランキング fumiblog
https://fumib.net/cabbages-production/
世界の野菜 生産量ランキング fumiblog
https://fumib.net/vegetables-production/
世界の牛飼育数 国別ランキング・推移 グローバルノート
https://www.globalnote.jp/post-15229.html
世界の年収ランキング fumiblog
https://fumib.net/agriculture-income/
令和3年 農業総産出額及び生産農業所得(全国)農水省
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/seisan_shotoku/r3_zenkoku/index.html
基幹的農業従事者 農水省
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r3/r3_h/trend/part1/chap1/c1_1_01.html
世界の農業の総生産額ランキング FUMIBLOG
https://fumib.net/agricultural-production/
米国(United States) > 穀物の生産量 GLOBAL NOTE
https://www.globalnote.jp/p-cotime/?dno=860&c_code=840&post_no=1279
全米・農業の年収ランキング(州別)
http://us-ranking.jpn.org/SA07N00081Y2011PerP.html
農業の年収・給料はどれくらい?生計を立てるポイントも解説
~名古屋農業園芸専門学校~
https://www.n-culinary.ac.jp/contents/column/agri-income/
【アメリカ】2018 年農業法
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_11302592_po_02800101.pdf?contentNo=1
米国の農業政策、農水省
https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/k_seisaku/usa.html
農業経営の収入保険 農水省
https://www.maff.go.jp/j/keiei/nogyohoken/syunyuhoken/
農業者戸別所得補償制度 Wikipedia
聞いてびっくり! 各国は独自の助成制度で「農業保護」
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