地球温暖化対策法改正法案について

脱タン塩?

 温対法をご存じだろうか。正式には地球温暖化対策の推進に関する法律という。京都議定書が採択された1998年に制定された法律である。その後、京都議定書は2016年に採択されるパリ協定へと繋がっていく。現在では世界198ヶ国が参加しており、地球温暖化対策に向けた取り組みを地球規模で行う枠組みである。「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」という共通の目標を掲げ、それに向けて世界中の各国がそれぞれの目標を設定し取り組んでいる。日本は当初、2030年までに2013年比で温室効果ガス排出量を26%削減するとしていた目標を2021年に当時の菅義偉首相が46%まで引き上げている。その際にアジアなど世界の脱炭素への移行を支援することが日本の排出量削減量にカウントされる制度の導入である。二国間クレジット制度(JCM)と呼ばれるものでパートナー国への優れた脱炭素技術、製品、システム、サービス、インフラ等の普及や対策実施を通じパートナー国での温室効果ガス排出削減、吸収や持続可能な発展に貢献し、その貢献分を定量的に評価し、相当のクレジットを我が国が獲得することで双方の国が決定する目標の達成への貢献が見込める。日本はこれまでにモンゴル、バングラデシュ、エチオピア、ベトナム、インドネシア、カンボジア、メキシコ・サウジアラビア、チリ、ミャンマー、タイ、フィリピン、チュニジア、スリランカ、ウズベキスタン、パプアニューギニア、UAE、カザフスタン、ウクライナなど29ヵ国とJCMを構築している。今回の法案改正ではJCMクレジットの発行、口座簿の管理等に関する主務大臣の手続等を規定するとともにそれらを代行する指定法人制度を創設する。新たな政府機関の創設に否定的な向きもあるだろうがJCM所管事務を代行する機関の必要性を強く感じる。JCMプロジェクトのパートナー国は29ヵ国に及び協議や検討段階ではなく既に個別具体的な事業が着手されていっている。その分野は多岐に渡る。再エネ分野ではチリでの太陽光発電、フィリピンでのバイオガス発電、タイでの水上太陽光など、省エネ分野ではインドネシアでのコンビニ省エネや携帯電話基地局へのトライブリッド技術導入など、インフラ分野ではカンボジアでの高効率LED街路灯の無線制御やインドネシアでの公共バスCNG混燃設備、廃棄物分野ではメキシコでのメタンガス回収発電やミャンマーでの廃棄物発電などである。多くの日本企業がパートナー各国とのJCMプロジェクトを行っており、その管理事務は多岐渡るだけでなく長期の管理が必要となる。指定法人期間はプロジェクトの企画、妥当性、モニタリング、有効化などを確認し温室効果ガス排出削減量及び吸収量の検証を検証する。第三者機関の検証結果を受けて日本とパートナー国の間でJCMクレジットが発行される。JCMクレジットに係るプロジェクトの管掌は環境省、経済産業省、農林水産省であるケースが多く一定ではない。事業主体は日本企業と現地企業の国際コンソーシアムとなる。環境省だけで2024年2月段階で既に240件ものプロジェクトが採択されており162件は既に着工している。これらJCMプロジェクトを専門に統括し管理し検証し報告する政府機関を設けないと既存省庁の負担も過多になるし迅速性と正確性を失いかねない。ちなみにJCMプロジェクトにはアジア開発銀行から信託されたJCM日本基金の助成金で実施される事業や助成金とローンを組み合わせて行われる事業も多い。助成金の原資は環境省から拠出されており2014年からの累計では140億円を超えている。

 2030年度までに累積1億t-CO2程度の国際的な排出削減、吸収量を確保するとの目標に対し既存プロジェクトによる累積削減量は約2300万t-CO2。二国間クレジットでの底上げも大事だが日本国内での削減を急速に進めないことには達成の目途が立たなくなる。本法案で現状では市町村のみが定める再エネ促進区域等について都道府県及び市町村が共同して定めることができることとし、その場合は複数市町村にわたる地域脱炭素化促進事業計画の認定を都道府県が行うこととする。2022年の温対法改正で環境省は地域脱炭素化促進事業制度を創設し、再生可能エネルギー促進区域を設定するポジティブゾーニングの仕組みを導入した。しかし、2023年5月時点で促進区域を設定したのは長野県箕輪市、岐阜県恵那市、滋賀県米原市、神奈川県小田原市、神奈川県厚木市、埼玉県入間市、島根県美郷町、福岡県福岡市、佐賀県唐津市の9自治体に過ぎない。これら自治体による促進区域は公共施設や所有地への太陽光設置のほか民間住宅・建物への屋上太陽光というパターンがほとんどである。ゾーンニングで地域を認定することによって保安林の規制緩和を行い風力発電を行ったり、農地の上に高い架台を設置し、隙間をあけて太陽光パネルを並べることにより、発電と農業を両立させることも可能となる。農地での太陽光パネルの設置は架台の支柱部分に対して農地転用の許可を必要とする。ゾーンニングの認定によって農地の一部を10年に限って一時転用を可能にした。温対法で各自治体は地域脱炭素化促進事業計画の策定を義務付けられ、計画の一環として促進地区のゾーニングを促している。2050年までに二酸化炭素排出実質ゼロを表明した自治体は408自治体(40都道府県、243市、7特別区、98町、20村)に上っているにも関わらず再エネ促進区域を指定したのはわずか9自治体に留まる背景にはそのメリットが小さすぎることが挙げられる。メリットは域内での安価な再エネの供給や再エネ導入とセットでの産業誘致を図れること、災害用電源としての活用や耕作放棄地・荒廃農地の活用による獣害対策など地域課題の問題解決に繋げるぐらいしか見込めない。自治体の労力の負担を考えるとあまりに見返りが少ないことがゾーニングが進まない原因となっているではないか。有識者会議では市町村だけではゾーニングが進まないことから都道府県が主体となり複数自治体に跨るゾーニングも進めるように改めた。市町村の労力的な負担は軽減されるかもしれないが相変わらずゾーニングの行うことでの大きなメリットは見込めない。長崎県五島市では市が出資する第三セクターである五島市民風力が島の再エネによる電気を販売し収益の一部を地域に還元している。洋上風力発電の収益によって椿畑の整備や椿油の特産化を進めている。国は再エネ促進のゾーンニングを進めることに加えて事業化ひいては収益化まで繋がる支援をパッケージすることで大きな効果を見込めるようになるのではないだろうか。自治体にとっても国民にとっても経済的な支援は重要である。温対法によって社員21名以上の事業者は温室効果ガス排出量算定報告義務を課せられている。罰則制度もある。見返りとしてグリーン電力証書・グリーン熱証書による控除も設定されている。控除には上限が設けられたが排出量全体を対象にしたクレジットは他にもある。

 経産省は2030年度までに4300万キロワット分の火力発電が廃止するという。昨年12月にUAEで開催されたCOP28において岸田文雄首相は脱炭素に向けて国内で排出削減対策の講じられていない新規の石炭火力発電所の建設を終了する方針を示した。莫大なエネルギーを失うことになる。これをすべて再エネで賄えると政府は考えているのだろうか。よく見てみると「排出削減対策の講じられていない新規の石炭火力発電所の建設を終了する」とある。炭素の排出削減対策を講じていない発電所なんて今更作るわけがない。つまり、今後、建設を中止する火力発電所はないが、現在稼働している脱炭素対策が弱い発電所は順次閉鎖していくということなのだろう。

 パリ協定の目標達成のために再エネの促進をベースに国内外で一気呵成にプロジェクトを促進したい政府の意向は理解できる。カーボンニュートラルへの真っ先に取り組まなければならないのは原子力発電所の再稼働、そして稼働時間の延長である。4300万キロワット分の火力発電をストップすると原発43基分のエネルギーが不足する。岸田政権のちぐはぐなエネルギー政策に憂慮する。


*政府は脱炭素対策を講じた火力発電所なら建設するのか?COP28の岸田首相の発言から火力発電所の建設が可能だとしても投資する勇気のある事業者は存在しなっくなったのではないか。

*政府は再エネや省エネの取り組みに懸命であるが、カーボンニュートラルに向けてまずは原子力発電所の再稼働が優先されるべきなのではないか。

*再生可能エネルギー促進区域を設定するメリットが少ないのではないか。経済的なメリットがないと自治体は取り組みづらいのでは。


参考

地球温暖化対策の推進に関する法律の一部を改正する法律案の閣議決定について 環境省

https://www.env.go.jp/press/press_02855.html

地球温暖化対策の推進に関する法律の一部を改正する法律案の概要

https://www.env.go.jp/content/000204287.pdf

【2024年版】温対法のポイントとは?簡単に説明

https://www.egmkt.co.jp/column/corporation/20210716_37.html

二国間クレジット制度(JCM) 外務省

https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page1w_000122.html

二国間クレジット制度 最新動向 環境省

https://www.env.go.jp/content/000129306.pdf

「再エネ促進区域」設定、9市町村のみ、環境省が公表

https://project.nikkeibp.co.jp/atclppp/PPP/news/050802900/

温対法に基づく再エネ促進区域の仕組みの概要

https://www.kyushu.meti.go.jp/seisaku/energy/oshirase/221222_1_3.pdf

地域脱炭素のための促進区域設定等に向けたハンドブック 環境省

https://www.env.go.jp/policy/local_keikaku/data/sokushin_handbook.pdf

石炭火力発電所の新規建設終了、温室効果ガス削減で-岸田首相

https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-12-01/S4X0TWT1UM0W01

J-クレジット制度とは温室効果ガスの排出削減量や吸収量をクレジットとして国が認証する制度です。

https://japancredit.go.jp/

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