令和三年を迎えて

早いもので今年も残すところ359日になった。師走を駆け抜けて新年に辿り着くと、毎年、気持ちを新たにし、やる気と希望が漲っていたものなのだが、今年ばかりは何かが違う。ネットを覗いても、新聞に目を遣っても、そこには新型コロナに関する情報や警鐘ばかりが謳われている。新年を祝ったり、高揚した気分に浮かれたりする様子はまるで見られない。外に出ると人はまばらで、初詣でですら憚れる空気である。私は決してこのような風潮や佇まいを批判しているのではない。哀しみ嘆いているだけだ。私は医学者でも薬学者でもないから、コロナ禍において他力本願というか、従属的でしかない。自分に不甲斐なさすら感じないほどの無力な存在である。私にとって不明のウイルスなのだから、差し迫った危機感や恐怖に苛まれる焦燥感などはない。しかし、社会に対する当たり前の帰属意識から、連帯することに抵抗は感じない。人々が畏怖するものは、私の畏怖すべきに相違ないと感じたり、その感情を共有することこそが尋常一様なのだ、と思うのだ。

国は近く首都圏の一都三県を対象に新型コロナウイルス対策として緊急事態宣言を出す方針のようだ。感染防止と経済活動を両立させることは容易ではないが、有効なワクチンの開発に期待しつつ、経済の回復軌道に乗せるべく方策を講じて頂きたい。今月召集される国会で成立するであろう第三次補正予算の効果を見極め、速やかに追加対策を発動できる備えも必要だ。感染防止と経済活動のバランスの舵取りはセンシティブで理論通りにはいかないだろうが、マイナス成長になることだけは避けなければならない。また、株価も上昇し過熱気味にある。金融・財政の引き締めを急げば市場に悪影響を与えかねない。政府には慎重な出口戦略が望まれる。

本年が最終的には景気の回復軌道に転じる年になると願って止まない。

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