国立健康危機管理研究機構法案とは

桜だファミリアの季節です。すっかり春になってはる。

 国立健康危機管理研究機構法案という漢字が連なった小難しそうな法案が今国会に提出されています。法案の主旨は「感染症その他の疾患に関し、調査研究、医療の提供、国際協力、人材の養成等を行うとともに、国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある感染症の発生及びまん延時において疫学調査から臨床研究までを総合的に実施し科学的知見を提供できる体制の強化を図るため、国立感染症研究所と国立研究開発法人国立国際医療研究センターを統合し、国立健康危機管理研究機構を設立する」ということです。

 これまでそのような主旨に適った機関が無かったのかというとそうではありません。その趣旨に関連する機関は多数存在していました。つまり、今回の法案はアメーバ式に組織が広がり、まとまりがなくなったものを整理統合しようという案です。

 これまでは国立感染症研究所があり、その関連機関として感染症疫学センター、感染症危機管理研究センター等があり情報分析や危機対応を担っていました。また、研究部門としてウイルス部、細菌部、ハンセン病研究センター等がありました。国立感染症研究所とは別組織として国立国際医療研究センターがあり、同様に関連機関を擁しています。エイズ治療・研究開発センターや国府台病院、臨床研究センター、国際医療協力局、国立看護大学等がそれにあたります。

 この国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを統合し、ある意味、持株会社のような存在として国立健康危機管理研究機構を設立しようという法案です。この持ち株会社を政府の内閣感染症危機管理統括庁の傘下に置くことで情報共有、指揮系統をスムーズに運べるようにするということです。また、新機構(国立健康危機管理研究機構)は保健所を設置する自治体の地方衛生研究所との連携を密にすることで全国的な検査能力やサーベイランス能力の向上を図ることできます。

 新機構の設立法と併せて次のような法改正も同時に行われます。感染症法を改正して感染研が現に行っている事務等を新機構に委任することができるようにし、インフル特措法を改正することで政府対策本部長が新機構代表を政府対策本部に呼び、意見聴取できるようになります。加えて、地域保健法を改正して新機構の設置法において新機構の業務として地方衛生研究所等に対する情報提供や人材育成の支援を規定することに併せて、地方衛生研究所等が新機構と情報提供及び人材育成において連携することができるようになります。

 政府は2025年の新機構の設置に向けて法整備や環境整備に取り掛かったのが今回の法案です。国内では別々に行われている感染症研究と感染症対策を一本化するというものです。マスコミは政府の発表を受けて日本版CDCの設立を目指す動きとして報道しました。

 CDCとはアメリカ疾病予防管理センターのことです。アメリカ合衆国の連邦政府の機関としてアトランタに本部を置いています。保健福祉省の管轄で健康に関する信頼できる情報の提供と、健康の増進を主目的として設立されました。アメリカ国内・国外を問わず人々の健康と安全の保護を主導する立場にあり、CDCより勧告される文書は非常に多くの文献やデータの収集結果を元に作成・発表されるため、世界共通ルール(世界標準)と見なされるほどの影響力を持っています。人員は15000名、予算は1兆円にも上る巨大組織です。エボラウィルスなどへのバイオハザードも世界をCDCがリードしています。

 新型コロナウィルス感染症に対するガイドラインの策定、ガイダンスやアナウンスや情報提供をCDCは積極的に行ってきましたが、ワクチンの承認はあくまでFDA(アメリカ食品医薬品局)によって行われています。CDCは調査研究機関としての役割が強いということだと思います。

 新機構を設立するにあたり新機構を管轄する部署も新設されます。これまで感染症対策で厚生労働省、経済産業省、外務省など、各省が縦割りで行ってきた部門を統合し、内閣感染症危機管理庁を発足させます。内閣感染症危機管理庁は名称の通り、内閣官房の指揮下に入り、首相が陣頭指揮を執る形です。指揮系統を明確に簡略化することで、より迅速に動けるようにすることが一つの狙いとなっています。

 日本版CDCについては、2020年6月に日本製薬工業協会が新型コロナウィルス感染症治療薬・ワクチンの創製に向けた提言を行っており、その中で政府が平時から感染症領域の研究開発や安定供給体制を整備するよう求めており、平時から有事までの感染症対策を統括する司令塔機能として、米CDCをイメージした日本版CDCの設置を訴えていました。今回の法案はこうした製薬業界の提言が実現した格好となります。

 概ね好意的に受け止められている日本版CDCの設立ですが、否定的な意見もあります。さいたま記念病院の永井秀雄院長のブログを紹介します。

「本家アメリカのCDCは新型コロナ対応で十分な働きをしたか。必ずしもそうではないように思えます。そもそもCDCは一般市民の感染予防でのマスクの効能を当初否定していました。新型コロナ流行の最初期、マスク愛用者の私はこのCDCの考え方に反対しました。アメリカのCDCはその後、方針を一転し、マスク着用とソーシャルディスタンスを推奨しました。人口100万人当たりの新型コロナウィルス感染症の累積死者数を見ると(2022/3/15時点)、アメリカ2093.1人、日本139.7人です*。アメリカが日本より15倍も多いのです。本家CDCは何をしていたのでしょうか。」

 CDCは「日本人のマスク好きは世界の笑いもの」としていたのに手のひらを返したというのです。100万人当たりのコロナの死者数は2023年3月21日の最新情報では日本は591名、アメリカは3303名となっており米国は日本の約5.5倍もの犠牲者を出しています。永井院長はさらに

「新型コロナという未曾有の事態では、感染症対策先進国のアメリカも、後進国の日本も、結局、右往左往したという点で大きな違いはなかったように思います。」

と述べています。では、日本版CDCについての永井院長の見解はというと

「新型コロナウィルス感染症勃発直後から、日本の課題は日本版CDCがないことだと言われていました。私自身は必ずしもそういうことではないという思いがありました。司令塔さえできれば日本の感染症対策が進むのかという本質的なところで疑問を持っていました。」

司令塔の不足が感染拡大を招いたのではないと仰っています。では何が門だったのでしょうか。

「医師を含め医療側は感染症の基本的な教育を十分受けていないことが問題です。感染症の専門家があまりに少なすぎるのも大きな問題です。日本の医学教育の中で感染症学がなおざりにされています。大学医学部に感染症の単独の講座が少なすぎる状況を憂いたのです。医学教育の中で感染症を研究する、教育する、その上で実践する体制がほとんどできていないのです。」

米国を真似てCDCのようなものをつくるという働きかけや動きがありはしたものの、

「では新型コロナパンデミックの反省に立って、あらためて大学医学部に独立した感染症学講座を設けようという動きが生じたでしょうか。私の耳には届いていません。設置しようにも循環器・消化器・呼吸器などと異なり、人材不足が大きなネックになっているはずです。」

永井院長は感染症に関わる教育がなおざりにされた結果、人材不足を招き、感染症教育を進めることすらままならない状況となったことを憂いています。そして、永井院長はこのように結論付けています。

「大学医学部教育の根幹を変えないことには、日本版CDCの将来にあまり期待できないように私には思えます。」

と。犠牲者の数から鑑みても新型コロナウィルス感染症へ日本政府の対応が米CDCを擁するアメリカと比較して劣っているということはない、という指摘はその通りだと思います。CDCがあったからアメリカが適切なコロナ対応ができたというわけではないのです。右往左往したのは日本もアメリカも同じだとしたら、永井院長がいう今後に向けての必要な措置は大学医学部での感染症教育の強化です。私は医者ではありませんが、同感に思いました。日本版CDCの設立だけは本質的な感染症の猛威に立ち向かう体制は整わないのでしょう。日本版CDCの最も重要な使命は感染症教育に足る人材育成なのかもしれません。

最後までご拝読を賜りありがとうございました。

参考

アメリカ疾病予防管理センター Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E7%96%BE%E7%97%85%E4%BA%88%E9%98%B2%E7%AE%A1%E7%90%86%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%BC

日本版CDCの議論で思うこと

http://www.saitamakinen-h.or.jp/news_head/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%89%88cdc%E3%81%AE%E8%AD%B0%E8%AB%96%E3%81%A7%E6%80%9D%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8/

本家CDC

http://www.saitamakinen-h.or.jp/news_head/%e6%9c%ac%e5%ae%b6cdc/

人口あたりの新型コロナウイルス死者数の推移【世界・国別】

札幌医大 フロンティア研 ゲノム医科学

https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/death.html

日本版CDC 名称は「国立健康危機管理研究機構」に 法案提出へ NHK

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230123/k10013958271000.html

坂本雅彦ホームページ

坂本まさひこ  作家 国会議員秘書

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