国立大学法人法の改正と巨額大学ファンドについて
立派なたいかく、、、大学。
臨時国会に国立大学法人法改正案が提出された。昨年に引き続いてである。昨年の改正では国立大学法人の監査機能について改正された。国立大学法人の内部機関として監察会議を設置し学長の選考や解任について諮ることができるようにした。今回の法案は学長が行う法人運営を合議体である運営方針会議によって監督し意思決定する法改正である。つまり、学長は自身が単独で重要事項を決定することが出来なくなる。具体的には中期計画の策定や予算や決算の決定については運営方針会議で協議して決定することになる。運営方針会議のメンバーは3人以上と学長とし、学長選考と監察会議で協議して先行された者を文部科学大臣の承認得て学長が任命する。文科大臣の承認を得ないといけないということは合議体である運営方針会議の人事権を学長ではなく政府が持つと解釈できる。合議体である運営方針会議の人事権を政府が持つとその国立大学法人の中期計画や予算や決算に至るまで政府の支配下に置かれると言っても良い。とはいえ、これまでも国立大学法人の中期計画や予算や決算には政府の一定の関与があった。学長の任命に対しても文科大臣が行うことと規定されていたが大学の意思を尊重するために大学内によって選ばれた学長候補を文科大臣が任命して来た。
何の為に国立大学法人のガバナンスの改革が進められているのか。国際卓越研究大学制度を創設し10兆円規模の大学ファンドを組成し、大学ファンドの支援を得ることで世界のトップクラスの大学と伍する研究大学に育てて事業規模の拡大を図るスキームが政府によって組まれたからである。政府は支援対象となる大学を選定するにあたりガバナンス体制のガイドラインを設け各大学法人がそれに倣い改革を進めている。
昨年の法改正時には運営方針会議は国際卓越研究大学制度の認定を受けるための条件として設置が必須であったが、本改正案では大学ファンドとは関係なく一定の規模を有する国立大学法人には設置が義務付けられることになる。運営方針会議の導入は一部の最上位大学の資金の獲得との交換条件と目されていたが、卓越大学を目指さない国立大学にも設置を義務付けられる。大学ファンドの支援とは無関係な国立大学も運営方針会議による経営体制に巻き込まれることになる。
これまでは中期計画や予算と決算は学長が独断でしていたのかと言えばそうではない。国立大学法人法第11条で役員会の設置が義務付けられている。中期目標の策定、学部の設置や定員の申請など大臣の認可事項、予算の作成・執行・決算、重要な組織の設置や廃止など重要事項については役員会で諮られ最終的に学長が承認していた。役員会で諮る事項から中期計画の策定と予算や決算についての協議と決定が運営方針会議に移されることになる。運営方針会議の人員は文科大臣の承認を得る必要があることから事実上の大学の独立性は失われると危惧する声もある。これまでの役員会にはその下の教育研究評議会と経営協議会で検討の上で纏められた研究計画や経営計画が役員会に提示されて承認を受けていた。運営方針会議が役員会の上部の位置に設置が義務付けられても役員会が無くなるわけではない。運営方針会議に権限が移るだけである。教育研究評議会や経営協議会も無くなるわけではない。それぞれの会はそれぞれの役割がありそれを果たす必要がある。
卓越大学を目指さない大学にとってもメリットはある。運営方針会議を設置することで大学債の発行や金融機関からの借入が若干容易になるという。大学ファンドだけでなく銀行でも私募債でも資金調達を図るには将来性や研究成果の見込み同様に経営の透明化、ガバナンス体制は重要である。運営方針会議があるとないでは大いにその評価は違ってくるだろう。特に運営方針会議の人員が文科大臣の承認を得て就任し経営に関与しているのであればその法人の信用が高まるに違いない。政府のお墨付きを受けているようにも映る。
ではなぜ政府は運営方針会議という機能を国立大学法人に義務付けようとしているのだろうか。大きな理由があるはずだ。人事権に関して政府の影響力は確実に強まる改革である。10兆円という巨大な大学ファンドの支援を受ける可能性があることから重責の一端を政府が担うという覚悟からか。それは違うであろう。政府を司るのは政治であり、政治ほど不安定なものはない。大臣も変わるし派閥も変わる。素人大臣も多いし場合によっては政権交代も起きうる。答えは簡単、日本の大学の政界での水準の低下にある。2023年度のタイムス社の発表によると大学世界ランキングで104か国1799校の調査結果から東京大学が39位、続く京都大学が68位となっている。教育・学習環境、研究、論文の被引用数、国際展望、収入を基準としてスコアリングされた結果である。10年前の2013年は東京大学が27位、京都大学が54位だった。さらに6年前の2007年は東京大学が17位、京都大学は25位であった。日本の大学のランキングは確実に下がっている。それは日本の学生の学力が落ちたのか世界の大学の学力が上がったのか、もしくはその両方なのかは定かではない。オックスフォード大もハーバード大もケンブリッジ大も今も昔も世界の上位校である。日本のランクが下がり続けてきたのは紛れもない事実である。
2004年に国立大学は国立大学法人に移行した。法人化することで各大学は自主性や自律性という建前を得た。法人化したとはいえ独立採算制ではない。いわゆる民営化とは違う。運営交付金を政府は国立大学法人に総額1兆1000億円以上を毎年交付している。法人化して国立大学は研究の自由と経営の自由を勝ち取った。それも採算性とは関係なく運営交付金を受給しながらである。毎年1%程度は交付金が削られたりもしたが大学支配者にとっては願ったり叶ったりの状態である。法人化以降、大学の評価が下がり続けることに待ったをかけたのが自民党菅義偉政権であった。各大学に運営改革と経営強化を推し進めることを前提に10兆円ファンドを組成し運用益で重点指定した卓越大学を強力に支援をすることを決めた。ノーベル賞の常連である日本の科学技術の世界的評価を再興する捲土重来の一手である。ファンドの支援金は新規性の高い挑戦的な研究や若手研究者育成を目指す大学の財政的自律と構造改革を後押しするためのものである。学者による自治経営で消耗するわけにはいかない。運営や経営の体制強化が図られた大学に交付されることは理に適っている。
一方、合議体である運営方針会議の義務付けに強く反発している大学職員もいる。自主、自立を奪われる。運営や研究を金で買われるなどと的外れな反対論を展開する。2004年の国立大学法人化以降の運営や研究で結果を出せなかった当事者がそう主張するのだから悩ましい。抵抗勢力の先頭に立つのが日教組ならぬ全国大学高専教職員組合中央執行委員会である。要するに労働組合である。支援の拡充による大学の高水準化を目指す制度に真っ向から反対する組織である。支援の対象に選ばれると教員や職員の待遇改善、研究教育環境の改善などが得られる可能性が高いにも関わらず労働組合が反対する。組合幹部たちが如何においしい汁をすってきたかと勘繰られても仕方がない。待遇や研究費よりも運営の自主独立を優先するという選択を労働組合がする。稼げる大学に変革することの何が問題だというのだろう。稼げるということは教育や研究に対する社会的な評価が高い、または成果がニーズに合致しているという証左である。それらを否定すると大学での時間や活動が浪費となる可能性を秘める。
国立大学の法人化は20年経って結果的に功を奏しなかったことは確かである。岐路に立った今、大学の制度改革が再び行われることは当然のことではないか。運営交付金を受領しながらも恣意的な指標を持ち込むなと大学運営側が法案を非難することには強い違和感を抱く。
ちなみに大学ファンドの最大はハーバード大で4.5兆円。東大に300倍である。日本政府が主導する10兆円の大学ファンドは分散投資するとはいえ世界を席巻する規模である。経営やガバナンスに関してファンドの主たるオーナーである政府が一定の関与をすることは当然ではないだろうか。
参考資料
「科学技術政策担当大臣等政務三役と総合科学技術・イノベーション会議有識者議員との会合」(9月7日)
https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/yusikisha/20230907/siryo3.pdf
合議体を必置とする国立大学法人法改正案 大学フォーラム
http://univforum.sakura.ne.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/10/NatUnivCorpLaw2023_mat1024_01.pdf
世界と伍する研究大学の在り方について
最終まとめ 総合科学技術・イノベーション会議
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/sekai/kenkyudai_arikata_p.pdf
国際卓越研究大学の認定等に関する有識者会議における審査の状況について
https://www.mext.go.jp/content/20230901-mxt_gakkikan_000031690_2-2.pdf
国際卓越研究大学認定過程に関する全大教中執声明を発表しました
統合イノベーション戦略2023(概要)
https://www8.cao.go.jp/cstp/tougosenryaku/togo2023_gaiyo.pdf
「国際卓越研究大学制度に関わる声明」の記者会見を実施しました
https://www.kyodai-union.gr.jp/2023/10/12/231004press_release/
THE世界大学ランキング2019、東大&京大の過去7年推移…アジアでは清華大学が首位
https://resemom.jp/article/2018/09/28/46977.html
【2023年版最新】世界大学ランキング発表 日本の順位とアジアの勢いは?
https://eleminist.com/article/2419
上位狙いか疑問視か 海外発「世界大学ランキング」 朝日新聞
https://www.asahi.com/edu/university/zennyu/TKY200803310215.html
10兆円大学ファンド、運用委託先選定10月に開始-国内外に分散投資
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-01-19/QN4GEIT0G1KW01
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