パンデミック条約とIHRの修正について
感染症の猛威は・・・もういいっ!
パンデミック条約は各国の責務と国家間協力を強化することでパンデミックに備えようという趣旨で2020年EUのミシェル大統領が提案した。現在、感染症対応に関する各国の義務等を記した国際保健規則が存在するがいずれも義務を怠った際の罰則等が設けられていない。提案されているパンデミック条約は国際保健規則にとって代わるものではなくパンデミック時における治験データの共有や医薬品・医療物資の安定的供給網の確保など既存の枠組みではカバーしきれていない協力事項に関し、WHOの権限並びに各国の責務を強化する狙いがある。
そのパンデミック条約をめぐって国によっては分断した議論が交わされている。アメリカでは世論を2分するどころか3分している。パンデミック条約の締結や国際保健規則(IHR)の改正に積極的に取り組む民主党のバイデン政権とWHOから脱退して自主独立した保険政策に転換することを打ち出す共和党のトランプ前大統領、そして共和党から離れ第3極になるべく無所属で大統領選に出馬を目論むロバートケネディジュニアは薬害問題に長年取り組む弁護士であるが徹底した反ワクチンを唱えていることからパンデミック条約を真っ向から非難する。
日本においてパンデミック条約に関しての報道も議論も深まっているとは言い難い。ジュネーブの代表部では日本をはじめ各国が参加して政府間交渉は進められている。パンデミック条約政府間交渉会議(INB)の副議長は日本の田口一穂公使参事官であることから日本政府としては積極的な立場にあるということだろう。
新型コロナ感染症でのパンデミックを受けてINBでの論点は以下である。途上国の言い分はワクチンを買うことも製造することもできず何百万人も命を落としたことからワクチンの技術移転を進め知的財産権の保護を緩和するなど支援が必要だということ。ワクチンの特許についてはWTOで合意し知的財産権が解放され特許権者の同意を得ずに特許取得済みの新型コロナワクチンを製造することが可能となっている。ただし、アメリカ、中国、ロシア、スイスは反対していた。そもそもCOVEXという新型コロナワクチンを共同で開発し生産し購入するという取り組みであったが途上国を中心に150か国以上が参加している。参加国の中でも比較的裕福な64か国がワクチン代金を前払いすることでワクチン開発費用に充てられた。この取り組みにはアメリカや中国、ロシアなどは参加せず独自の開発と供給を行っている。日本はCOVEXに参加しつつも独自の途上国への支援を行っている。台湾、ベトナム、インドネシア、マレーシア、フィリピン、タイ、ブルネイに対して2465万回分を供与するとともに各国の医療体制強化費用として77か国に総額180億円を提供した。別途、COVEXを通じてカンボジア、ラオス、バングラデシュ、ネパール、スリランカ、イラン、エジプト、マラウイ、ナイジェリアなどに既に1938万回分のワクチンを供与している。日本国内でもコロナの感染が広がり対応に追われる中で日本は国際機関の一員としても、先進国としての独自の役割も、両面において重要な役割と責務を果たしたと言って良いだろう。日本の立ち位置として重要なことはアメリカに追従するのみならずユニセフなどの国際機関での役割も全うしていることで双方の顔を立てた形をとったことである。それこそが日本的な曖昧な友好であり献身であり懇切であろう。
INBにおいて先進国からは動物からの感染症への監視がもっとしっかりしていれば被害や影響を減らせたのではないか、製薬企業のイノベーションこそが多くの命を救ったといった見解が示された。多くの感染症が動物が発症したり動物を介した事実がある。それをうけてINBでは病原体へのアクセスと利益の共有、パンデミック製品のサプライチェーンといった課題について議論がなされている。
パンデミック条約と並行して修正を進めているが国際保健規則(IHR)である。IHRとはパンデミック条約と同様の内容でありつつ相互に補う内容となっている。公衆衛生に影響を及ぼす可能性のあるリスクについて保健医療制度を通じて準備し疾病の国際的な拡大を防御し管理する対応を提供する規則を定めたものである。コロナ禍で度々発せられた「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」はIHRに基づいている。IHRを趨勢することでPHEICを強化する目的である。1)重大な健康被害を起こすリスクのある事象、2)予測不可能、または、非典型的な事象、3)国際的に拡大するリスクのある事象、4)国際間交通や流通を制限するリスクのある事象のうち2つに該当した場合はWHOに通報しなければならないと規定される。PHEICに至った事例として、2009年4月の豚インフルエンザA、2014年5月野生型ポリオウイルス、2014年8月エボラ出血熱、2016年2月ジカウイルス感染症、2020年1月新型コロナウイルス感染症、2022年7月サル痘ウイルスなどがある。その多くが動物を発症源としているか動物を介在している。この他にもPHEICの必WHOに通報が必須である事象として天然痘、野生型ポリオウイルスに起因する急性弛緩性麻痺、新種の亜型を原因とするヒトインフルエンザ、重症急性呼吸器症候群(SARS)がある。これらの通報を義務付けたり、内容によっては勧告を出すことで当該緊急事態が発生した国又は他国が疾病の国際的拡大を防止又は削減し国際交通に対する不要な阻害を回避するために人、手荷物、貨物、コンテナ、輸送機関、物品に関して実施する保健上の措置を行う規定をIHRで定めている。IHRの修正の大部分はこれまでIHRで規定されていなかたパンデミックに対応する課題を解消することにある。よって、パンデミック条約と同様に2024年5月に予定されるWHO総会で採択を目指している。INB間で既に新規国際文書とIHRの間に重複や矛盾がないことが確認されている。
政府は本年9月1日に内閣感染症危機管理統括庁を創設し、感染症危機に係る有事において新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づいて設置される政府対策本部の下で各省庁等の対応を強力に統括しつつ、新たに専門家組織として設置される国立健康危機管理研究機構から提供される科学的知見を活用しつつ、感染症危機対応に係る政府全体の方針を策定し各省庁の総合調整を実施する機関とした。IHRでは参加各国に中心的役割を担う所轄官庁を設立することが義務付けられている。その担当行政機関も担うことになる。
さて、こうしたWHOを中心とした世界各国の政府間での協議と取り組みに対して批判的な主張も見られる。以下に代表的な批判を列記する。
*パンデミック条約において義務を怠った場合にその国に制裁を加えたりWHOに強制的な権限を付与することになる。
→確かにパンデミック下において地域や国を超えてWHOが包括的に対応することが目的である。しかし、条文の中にはWHOの勧告や措置に従わない場合の罰則規定はない。あくまで予防、準備、対応、回復に関する情報や資源を集客するのであってWHOが支配できる立場になることはない。3条2項に国際憲章、国際法、各国の保健政策は各国ごとの主権を有することが明記されている。国家の主権平等、領土保全、内国の不干渉をWHOには逆に義務つけられている。
*各国独自のやり方は禁止になり各国の憲法、基本的人権も関係なくなる。
→3条1項に人権や尊厳、自由は尊重されることは保証されている。
*WHOが提案する医療や対応製品(ワクチンなど)を使うように義務にでき、従っているかの情報を集めたり、違反した人に罰(制限)を与えたりすることも可能となる。
→WHOがパンデミック時においては主導的な統括的な立場を負うことはその通りであろうが、あくまでも指示勧告はそれを受けた各国の国内法や既存の取り決めを適用しそれに従うことがそれぞれの条文に付されている。よって、WHOが各国の国内事情に関係なく世界レベルでパンデミックの対応や準備を統治することはない。
*WHOが提案する医療や対応製品(ワクチンなど)を使うように義務にでき、従っているかの情報を集めたり、違反した人に罰(制限)を与えたりすることも可能です。
→パンデミック条約に罰則規定は存在しない。IHRにも罰則規定はない。医療やワクチンに関しての透明性や効果についてはモニタリング及び評価システムを開発し実施することが規定されている。ワンヘルスと呼ばれる保険システムに必要な政策や資金は特定できる状態にすることを約束されている。
以上はパンデミック条約についての代表的な誤解である。IHRについても同様に誤解が溢れている。3条の原則において「個人の尊厳、人権、基本的自由を十分に尊重して」というフレーズが削除されたことによって各国の憲法や人権は無視されることになると流布されている。これは明らかに違う。そのフレーズは2条に移動しただけのことである。2条において勧告が生活や人権に関する不要な干渉をしないことが明記されている。勧告時には様々な違ったレベルで各国が経済的支援や技術的な資源を得ることができる公衆衛生システムの構築を最優先させることを義務つけている。公平性と一貫性に上に築くものとされるがその義務と責任を負う。これらには罰則が伴うことはない。公衆衛生上のリスクが認められた時には締結国で情報を共有することが義務付けられる。
パンデミック条約やIHRの修正には多くの懸念が上がっているが、その多くは事実に基づかない懸念である。WHOが国際的な独裁組織になどなりえない。中立性、公平性を重んじた組織規程の上でリーダーシップを執るに過ぎない。ましてやWHOが複数の利益団体が合法化してカルテル化しているなどという主張も行き過ぎである。事務総長は投票で選ばれるし資金は透明化されている。営利目的の企業も少なからず関りをもって存在するが研究開発し生産し備蓄し流通し管理するには必要不可欠な存在である。リーダーが民主的に選ばれ組織が規定に沿って構築され運営される道中で疑義や異論があれば協議する場も権利も約束されている。それでも合点がいかない場合は脱退もできる。
パンデミック条約には参加する現状の方針を維持するべきである。IHRの修正にも同意するべきだ。パンデミック条約は賛成多数で可決された後、18か月以内に批准すれば有効となる。新たな疑念が生まれても時間的な猶予は十分にある。問題が解消されない場合はそもそも条約を批准しなければよいだけだ。IHRの修正も同意可決されても発効するのは12か月後であり、10か月以内だったら参加を拒否することもできる。パンデミック条約等を批判する者はWHOの採決に反すると脱退を余儀なくされるというがそうではない。その世界的な枠組みから外れるだけのことである。
そして、最後に理想を掲げると日本はWHOにもIHRにも批准し合意しつつも不参加になるかもしれないアメリカや中国の立場も尊重し両面的な支援と協力、情報共有を果たしてもらいたい。どっちつかずと言われそうだがそれは違う。最も日本らしい慈善と友好の良心としての曖昧さを発揮できる個性と役割にほかならないのではないだろうか。
参考資料
中学生でも分かる「WHOのパンデミック条約の改定が問題になっている理由」
全国有志医師の会
WHOのIHR国際保健規則(2005年版)の改訂案とパンデミック条約【1】
WHOのIHR国際保健規則(2005年版)の改訂案とパンデミック条約【2】
Bureau’s text of the WHO convention, agreement or
other international instrument on pandemic
prevention, preparedness and response
https://apps.who.int/gb/inb/pdf_files/inb5/A_INB5_6-en.pdf
パンデミックの予防、備え及び対応(PPR)に関するWHOの新たな法的文書
(いわゆる「パンデミック条約」)の交渉 外務省
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ghp/page23_004456.html
INB起草グループ会合 結果概要 外務省国際保健戦略官室
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100564192.pdf
WHO加盟国は2023年初めに法的拘束力のあるパンデミック協定のゼロ草案を作成することで合意
Proposal for negotiating text
of the WHO Pandemic Agreement
https://apps.who.int/gb/inb/pdf_files/inb7/A_INB7_3-en.pdf
パンデミック条約「1年後に合意を」、WHO事務局長 日経新聞
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR30DKE0Q3A530C2000000/
パンデミック条約政府間交渉会議(INB)及び副議長の業務について 在ジュネーブ代表部
https://www.geneve-mission.emb-japan.go.jp/itpr_ja/shigoto_kazuho_taguchi_3.html
厚労調査室質問主意書事前レク 原口一博
https://www.youtube.com/watch?v=ka5lEjHnlAU
Article-by-Article Compilation of Proposed Amendments
to the International Health Regulations (2005) submitted
in accordance with decision WHA75(9) (2022)
https://apps.who.int/gb/wgihr/pdf_files/wgihr1/WGIHR_Compilation-en.pdf
パンデミック条約呼び掛け日本不参加2021年 テレ朝
https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000211496.html
ドクター徳のいきいき健康チャンネル『WHOパンデミック条約の脅威』
https://www.youtube.com/watch?v=TIMoPBTkDPk
コロナワクチンの特許について
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