電波法及び放送法の一部を改正する法律案について
電波を落札するのはだレーダー。
電波法及び放送法の一部を改正する法律案が今国会に提出されている。本法案の目玉は電波オークションの導入である。電波オークションの議論を耳にするようになってかれこれ10年以上が経つ。全くスピード感を持つことなくやっと制度化に漕ぎ着けた。法案では「情報通信技術の進展等に対応した規制の合理化を図るため、特定高周波数無線局を開設することのできる者を価額競争により選定する制度の創設」するされる。特定高周波数無線局とは6GHzを超える周波数を使用する相当数の無線局を以上の広がりを持った一定区域において一体的に運用するために開設される無線局のことで開設できる者を価格競争で決定する制度を導入する案である。
これまでのWi-Fiは2.4GHzと5GHzの2種類を利用してきた。2.4Ghzは遠くまで電波が飛ぶものの同じ周波数の電波とは干渉するというデメリットがあった。特に電子レンジやIHクッキングヒーターは周波数が同じでこれらの使用中はWi-Fiが途切れることが多かった。5Ghzは電波が安定しているのだが壁などを通すと電波が極端に弱まってしまうという弱点があった。それだけでなく5Ghzは航空レーダーや気象レーダーに干渉するのでそれらを感知するとWi-Fiが停止される。6GHz帯は2.4Ghzや5Ghzの弱点を克服し安定した通信が可能となった。併せて、これまでの5Ghzでは2本しかなかったチャンネルが6Ghzでは3本となり複数の機器を利用しても安定した高速通信を維持できる。
この6G帯の使用権を割り当てる選定方法として電波オークションを導入するための法整備が本法案である。これまでは先着順、抽選又は政府当局が書類を審査して決定する比較審査方式が用いられてきた。だが近年では携帯電話事業が普及し、そのサービスが深化して通信量が増大したことで割り当てられる電波が稀少資源化し効率的な配分が必要されるようになっている。
電波オークションは3Gにおいて1989年にニュージーランドで最初に導入されて以降、世界各国に広がりアメリカ、イギリス、フランス、ドイツは勿論、現在ではOECD加盟 38 ケ国中、日本を除く 37 ケ国で導入されている。OECD以外にもインドやブラジルなど多数の国で採用されてきた。5GでもOECDのほとんどの国で実施済みとなっている。
日本においてはこれまで比較審査方式を維持してきた。事業者に事業計画を提出させ、規制当局が複数の項目を審査する。それに加えて事業者が周波数の評価額を申し出るというオークションの要素も採用していたのだが審査の重点は事業項目に関することに置かれ比較審査が色濃く決定に反映されてきた。2009年の民主党政権時にはその政党マニュフェストで電波オークション制度の導入が謳われており2012年に実際に法案が提出された。しかし、審議されることなく廃案となっている。その後、総務省に置かれた有識者会議で検討はされたものの設備投資の抑制やサービス利用料金の上昇の懸念といった慎重な意見が多いとして導入は見送られてきた。これまで事業者のほとんどは電波オークションの導入には反対の立場をとっていたが2021年にNTTドコモが電波オークション導入を肯定する姿勢に転じた。NTTドコモにはこれまでの比較審査方式に対する不満があったものと推測されるが、このことをきっかけに本格的に法制化へと動き出す。
2021年に総務省内には携帯周波数割当改革推進室が新設された。さらに検討会として「デジタル変革時代の電波政策懇談会」が設置された。検討会取りまとめでは、「の高い周波数帯や他の無線システムとの周波数共用が必要となる周波数帯について条件付きオークションを選択可能となるよう検討を進めることが適当である」とした。また、電波オークションの対象としては「2025 年度末までに 5G 用として新たに割当てが想定される周波数帯(4.9GHz 帯、26GHz 帯、40GHz 帯等)を念頭に置くこと」とされた。本法案での対象としているは6Ghzである。
電波オークションの利点としては、周波数の割り当て関して行政手続きの透明性を高めることに繋がること、審査方式よりも事業者の裁量が高まりイノベーションが促進されること、事業者が投資効率を考慮して効率的な電波の活用をするようになること、オークションによってより多くの収入を国が得られるようになること、などがあげられる。デメリットとしては、落札額に過度が高騰すること、特定事業者へ周波数が集中すること、事業者にとって金銭的負担が増加すること、事業者の研究開発投資にかける費用が減少すること、などがあげられている。落札金額が過度に高騰するとその金額がサービスの利用者に転嫁される恐れがある。利用料に転嫁されないとしても事業者のインフラ投資が遅れる可能性は否定できない。経営基盤の強固な大企業に周波数が集中すると公平な市場競争原理が働かなくなることが危惧される。また、電波利用料が高騰すると事業者の財務状況にも影響する。事業者が研究開発費を抑制すると日本の国際競争力の低下を招きかねない。メリットとデメリットが均衡している印象を受ける。
電波オークションに依然として否定的もしくは慎重な企業もある。ソフトバンクと楽天である。ソフトバンクは「周波数幅と入札枠の確保」「周波数の一極集中の回避」「競り上げ回数制限の設定」の3つを考慮事項としてあげている。価格の高騰を防ぐ措置と特定の企業が電波枠を総取りできないようにする措置を求めている。要するに「条件付きオークション」であるべきであり、獲得周波数幅の制限や入札回数の制限を規定することを主張する。楽天は後発事業者への配慮を求めている。後発事業者はインフラ整備に多額の費用を要しており、電波オークションで入札額が高騰するとインフラ投資が遅れるのみならず利用者の料金にも転嫁せざるを得ないとしている。周波数の制限の必要性や入札回数は1回であるべきだと主張。ミリ波に関しては比較的空き帯域が豊富であることから価格高騰や特定業者による集中は避けられるとはいえ、後発事業者への配慮を望んでいる。後発事業者に配慮するとすれば割当済み周波数の免許期間満了後に再度割り当てるケースにおいて必要に応じてオークションを適用可能としておくべきではないか。周波数の割り当ての単位はソフトバンクも楽天も全国単位とすることが望ましいとしている。
デメリットを補填するために諸外国では一定の規定を設けて電波オークションを実施している。獲得できる保有周波数に一定の上限を設けるキャップ、携帯電話サービスの質を担保するためのカバレッジ義務などである。キャップはイギリス、フランス、韓国などで行われている。カバレッジ義務はアメリカ、フランス、ドイツ、韓国などで実施されている。アメリカの落札金額は2021年に約8兆6千3百億円、イギリスは約2000億円、フランスは約3300億円、ドイツは約8000億円、韓国は約3500億円となっている。2000年にドイツで実施された電波オークションでは落札免許数の制限あり、カバレッジ義務もありという条件付きで実施されたが約5兆600億円と高騰した。それによって欧州における 3G 普及の遅れにつながったのではないかとも言われている。条件付きとはいえ油断はできないということだ。制度設計は慎重に行わないといけない。
これまで日本の電波行政は電波オークションのデメリットばかりを殊更に強調し導入が先送りされてきた。いまとなっては周回遅れの様相である。周波数割り当て方式の電波オークションを実施することで漸く世界標準に追いつく。出遅れたとはいえど世界各国の事例が出そろっており安全な導入の着地点を見出しやすいということもある。電波オークションによる携帯電話用周波数の割り当てが「公共の福祉の増進」繋がるかどうかの整合性を図りつつ制度設計と導入が進められることを期待する。
本法案には電波オークション以外にも、無線局の免許状等及び基幹放送事業者の認定証のデジタル化、電波利用料制度の見直し、地上波の基幹放送事業者が中継局を廃止する際の代替え手段の努力義務などが盛り込まれている。
*テレビの電波料について法案では触れられていない。携帯電話業界の熾烈な料金競争や巨額なインフラ投資をよそにテレビ業界の電波料は優遇されすぎていないか。テレビの電波料が俎上に上がらないことで既得権益化しているように思料するが見解は如何に。
*電波オークションを実施した諸外国において獲得できる保有周波数に一定の上限を設けるキャップ、携帯電話サービスの質を担保するためのカバレッジ義務を課した条件付きとしても尚、入札額が高騰した例(ドイツ、イギリスなど)がある。過度な入札額の高騰はユーザーに悪影響をもたらす可能性も高いし、インフラ投資の遅れにもつながる。当然、総務省もそのことを念頭において制度設計を行っているだろうが、具体的にどのような方策を検討しているのか示されたい。
*電波オークションの実施時入札回数について何回を想定しているか。
*既に割当済み周波数の免許期間満了後に再度割り当てるケースにおいて必要に応じてオークションを適用可能としておくべきだと考えるが政府の見解は如何に。
*国は後発の電波事業者に対する具体的な支援措置を検討しているか否か、あれば具体例を示されたい。
*電波オークションによる収入の使途をどのように考えているか見解を伺う。
*電波オークションによる携帯電話用周波数の割り当てが「公共の福祉の増進」繋がるかどうかの整合性をどのように考えるのかを問う。
参考
電波法及び放送法の一部を改正する法律案の概要 総務省
https://www.soumu.go.jp/main_content/000991646.pdf
電波法及び放送法の一部を改正する法律案要綱 総務省
https://www.soumu.go.jp/main_content/000991647.pdf
電波法及び放送法の一部を改正する法律 案文
https://www.soumu.go.jp/main_content/000991648.pdf
電波オークション導入に向けた電波法の改正案が閣議決定、国会審議へ
https://news.goo.ne.jp/article/k_tai/trend/k_tai-1663012.html
電波オークション導入のメリットとデメリット、諸外国の事例は?――総務省によるとりまとめ 島田純
https://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/news/1399769.html
総務省の電波オークション検討会、ソフトバンクと楽天は「落札額の高騰」「周波数の一極集中」を懸念 松本 和大
https://k-tai.watch.impress.co.jp/docs/news/1485627.html
周波数オークション導入をめぐる議論 国会図書館
http://xn--dl-o83arcvaeb0c1m.ndl.go.jp/view/prepareDownload?itemId=info:ndljp/pid/12557942
総務省の電波オークション検討会、ソフトバンクと楽天は「落札額の高騰」「周波数の一極集中」を懸念
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