所得税法等の改正法案について(103万円の壁の行方)

背負っとくぜい。

 今国会に提出されている所得税法等の一部を改正する法律案についてである。例年通り年末に纏められた令和7年度税制大綱に沿って法案化されたものであるが今年ばかりはひと悶着ありそうだ。与党である自公政権は先の衆院選で大敗し少数与党となり不安定な政権運営を強いられている。今年ばかりは予算案と並行して税制改正法案にも野党各党が黙ってはいない。

 法案の中身を通覧する。まず、30年ぶりの年収の壁の見直しが行われる。103万円の壁は政府案の修正を繰り返しながら160万円まで引き上げられることとなった。給与所得控除は55万円から65万円に、基礎控除は収入が200万円以下の人は95万円(減税額は2.4万円)に引き上げられる。475万円以下の人は88万円(減税額は2万円)、665万円以下の人は68万円(減税額は3万円)、850万円以下の人は63万円(3.3万円)、それ以上の人は58万円としている。併せて、上記措置は所得が200万円以上の者は2年間の時限措置となる。この控除案に対して与党自民党と協議している提案者である国民民主党は恒久的な基礎控除と給与控除の総額を178万円に引き上げるよう交渉している。結局、一人当たりの減税額は2万円から3万円で平準化しており財務省が言う必要財源は1兆円超程度となった。

 19歳~23歳未満の大学生などを扶養する場合、親の所得から特定扶養控除として63万円が控除される。ただし、子の年収が103万円を超えると63万円の控除が受けられなくなっていたが、今回の改正で子の年収の上限が150万円に引き上げられる。また、150万円を超えた場合も段階的に控除額が減少していく特定親族特別控除が新設される。

 その他、配偶者控除、扶養控除の適用要件について同一生計配偶者、扶養親族の合計所得金額要件を現行48万円から58万円に引き上げられる。ひとり親控除の適用要件についても生計一にする子の総所得金額等要件を現行48万円から58万円に引き上げられる。勤労学生控除の適用要件について勤労学生の合計所得金額要件を現行75万円から85万円に引き上げられる。子育て世帯の住宅ローン控除の限度額上乗せが1年延長される。子育て世帯の住宅リフォーム控除の特例措置も1年延長される。生命保険料控除は23歳未満の扶養親族がいる場合、適用限度額を現行4万円から6万円に引き上げるが2026年分についてのみ適用となる。結婚・子育て資金一括贈与、相続に係る所有権の移転登記等に対する免税措置もそれぞれ2年延長される。

 法人課税について資本金1億円以下の中小法人のうち所得の金額が年10億円を超える事業年度について所得の金額のうち年800万円以下の金額に適用される税率が17%に引き上げられる。所得が10億円以下の事業年度については所得の金額のうち年800万円以下の金額に適用される税率は15%として2年間延長される。中小企業経営強化税制も2年延長される。売上高100億円超の達成に向けたロードマップ作成等を要件に工場のラインや店舗等の生産性向上に係る設備導入に伴う建物が対象設備に追加された。事業承継税制の役員就任期間の限度が撤廃となる。地域未来投資促進税制は3年延長、中小企業防災・減災投資促進税制は2年延長、地方創生応援税制は3年延長となる。

 外国人旅行者向け免税制度が見直される。外国人旅行者は免税店で商品を購入する際、免税ではなく課税(消費税あり)で商品を販売し、出国時に関税で持ち出しが確認された場合に免税販売が成立する制度に改正されることになる。施行は令和8年11月以降を予定する。

 厚生年金の加入者の企業型DCの拠出限度額とiDeCoの拠出限度額を月額6.2万円に引き上げる。第1号被保険者の個人型確定拠出年金と国民年金基金との共通拠出限度額は月7.5万円に見直される。和8年4月から加熱式たばこ課税の適正化を2段階で進め、たばこ税率の引き上げは同9年から3段階に分けて実施する。防衛力強化に係る財源確保のための税制措置として法人税に関して令和8年4月1日以後に開始する事業年度について法人税額から500万円を控除した額を課税標準とする税率4%の新たな付加税を創設する。

 以上が本法案の概要である。本法案の課題として大きいのは基礎控除と給与控除の123万円の壁、法人税に課す防衛増税の新設である。「103万円の壁」を160万円にまで引き上げる件であるが、国民民主党は178万円まで引き上げることを提唱して国民の強い支持を得たことを背景に政府与党と見直しの議論を駆引きしてきた。自民税調は財源の見通しが立たないことを理由に123万円に見直すことを国民民主党サイドに提示した。これでは国民民主党どころか国民が納得できない。自民党は国民民主党に対し「ならば財源を示せ」というスタンスで対抗する。自民党は103万円から123万円に引き上げるには新たな財源を要しないことを明かしている。では、124万円から新たな財源を必要とするということなのか。そうではないのならいったいいくらから新たな財源を必要とするのか。そういえば2年以上前のことだが浜田聡参議院議員が財政金融委員会の質疑で「補助金や給付金をバラまくときは財源は存在し、減税を行うときだけ財源が無くなります」と発言したことを覚えている。まったくその通りである。政府は所得200万円以上の人に適用するのは2年間を限度することを法案に盛り込んだ。主に年金収入を頼りにする高齢者への人気取り政策にすり替えられてはいないか。2年間は財源があるがそれ以降は財源が消滅するとでも言うのだろうか。国民の生存権に時限などない。政府は物価高騰に対する支援措置だという論点ずらしに終始するつもりなのだろうか。

 財務省は178万円に引き上げることで7兆円から8兆円の減収になると試算している。自民党が国民民主党に問う財源とはこの7兆円超のことである。あったものがなくなったのでその額をそのまま補わななければならなくなるというのは少し違う。減税の対象となる全ての国民が減税分の全額を貯蓄に回すことは考えられない。多くは消費に向けられることが予想される。国民の消費の拡大が企業の収益拡大に繋がる。企業の業績向上が法人税の税収増となることから正のサイクルを生む。減収分がそのまま財源不足となることはあり得ない。おそらく初年度の税収減となるのは減税額の半分の4兆円程度で落ち着くのではないかと予想する。そうは言えども財源を提示するとすれば「税収の上振れ」「予算の未執行分」「外為特会運用剰余金」などがある。税収の上振れは令和4年5.9兆円、令和5年は2.5兆円、予算の未執行分は令和4年11.3兆円、令和5年6.9兆円、外為特会剰余金は令和4年3.5兆円、令和5年3.8兆円となっている。最新情報では令和6年の税収の上振れは約4.2兆円が見込まれていたところ政府は昨年暮れの臨時国会で3兆円程度を補正予算に回した。いつまでも上振れるとは限らないという指摘はその通りであるがコロナ禍を含めて5年連続の過去最高税収を続けているのは事実。財務省は国債の利払い増に対する負担を懸念して税収強化を図る目論見でいるがプライマリーバランス黒字化に次ぐ新たな看板を用意しようとしているに過ぎない。賃上げが進め、コストプッシュ型を含めたインフレを克服し、エネルギー価格の高騰に対する支援等を行っていく道中で7兆円の税収増を見込む程度の経済効果は容易に諮ることが出来るはずだ。財源を懸念する必要はない。基礎控除、給与所得控除は正しく憲法第25条に定められた生存権に密接であるが、僅か178万円では生存権が脅かされる金額ではないか。ましては123万円では現在の日本では健康で文化的な生活は望めない。生活保護者の収入は非課税であり年190万円ほど、一般的な年収の約240万円相当にあたる。要するに123万円であろうと178万円であろうと日本で生存するには少なすぎるのはないのか。3月に入って与党は基礎控除と給与所得控除の総額を160万円に引き上げるように法案を修正した。ただ、この案では恒久的に適用されるのは所得が200万円以下の者だけであり、所得200万円以下に比較的多い高齢者層の支持を集めるためと国民民主党との協議が与党に起因して破断した印象を薄めるための方策なのだろう。結局、与党は自分たちが言い出すことに対する財源は無尽蔵であり、野党の提案には財源不足を持ち出すダブスタを使っている。1兆円程度の減税ならば昨年4兆円をバラまいた岸田政権の行いと変わらない。国民は選挙ごとに小遣いを政府にせびっているのではない。抜本的な改善を望んでいることを蔑ろにしてはならない。政府は国民の生存権を前提とした控除の見直しではなく物価高騰に賃金の上昇が追い付いていないことへの軽減措置だと説明している。生存権と物価対策では認識の乖離は大きい。

 次に防衛増税についてだが、自民党税調と財務省は令和9年以降に毎年4兆円以上の増額となる防衛予算のうち1兆円程度を法人税に新たな税負担を科す案を纏めた。法人税額から500万円を控除した額に4%を課税するとしているが一部の中小企業への負担増も含まれる案となっている。当初は1000万円を控除した額に課税する方針であったが、その場合は中小企業の9割は対象外になることから見直したのではないか。いずれにせよ、防衛増税は必要としない。「103万円の壁」の見直しによる消費拡大効果やAIやDX化による生産性の向上、エネルギー価格の高止まり、賃上げ水準の上昇などによりにより本年度以降も税収は伸び続ける可能性が高い。これ以上、国民の税負担率を上げるべきではない。所得税への防衛増税の課税は見送ったが法人税に課税することは国民に課税しているのと実質的には変わりない。国民の収入基盤から徴収することは国民にとって当然不利益である。防衛増税できない場合は本年度で約3000億円が不足するというが、このような主張は政府による国民への脅迫だ。国民の生命と財産を守るのは国家の義務であり使命である。国の骨幹となる業務を増税しないと果たせなくなるような主張をすることは本末転倒であるからあってはならない。100歩譲って仮に防衛増税分を何かで補填するとすれば国の152ある基金の予算を見直し厳格化することである。昨年は15事業を取りやめただけで5400億円が国庫に返納されている。その際に200ある事業の8割に対して事業効果に関する警告が出されている。いっそのこと2割を残して警告を受けた8割の事業も廃止してしまえばよいのかもしれない。警告を受けた事業が生き残りをかけて行うことは単なる辻褄合わせの作業でしかない場合が多い。ちなみに国の基金の残高は令和6年12月時点で18兆円を超えている。急いで増税する必要性は全くないのである。


*財務省は103万円から123万円に引き上げるには新たな財源を要しないことを明かしている。では、124万円から新たな財源を必要とするということなのか。そうではないのならいったいいくらから新たな財源を必要とするのか。

*防衛増税について法人税額4%が課税されることが見込まれる法人は全法人のうち何パーセント程度を見込んでいるのか。

*防衛費が足りないと主張する政府は国の基金による事業の見直しによってそれに足る予算の捻出が可能なのではない。

*防衛費のみならず所得税減税に対して、男女共同参画事業の予算の中から「介護給付費国庫負担金等」「良質な障害福祉サービスの確保」「児童手当制度(国庫負担分)」「子どものための教育・保育給付等(国庫負担分)」を除いた金額約2.7兆円を宛がってはいかがか。

*政府が一案として出す基礎控除と給与所得控除の総額160万円に引き上げる案について所得制限を200万円とする理由を示されたい。

*200万円以下、475万円以下、665万円以下、850万円以上の所得で区分した理由とそれぞれの区分あてはまる国民の割合を示されたい。

*所得控除の引上げについて2年後以降は所得が200万円以上の人には適用しないのは不平等ではないか。

*付帯決議にある所得税の抜本的改革を検討するとするならば、所得税控除の178万円への更なる引き上げを引き続き協議する意向はないということなのか政府の方針を明らかにされたい。

*限界税率の大幅な見直しも行わないと控除額の見直しだけでは効果がないと考えるが政府の見解を伺う。

*所得税控除に関して公平・中立・簡素という税の基本原則からすると複雑すぎないか。


参考

修正案3(衆議院否決)

https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g21709001.htm

基礎控除の特例の創設について 自民党

https://storage2.jimin.jp/pdf/news/information/210056_1.pdf

令和7年度税制改正大綱の概要と改正ポイント PCA

https://pca.jp/p-tips/articles/oag250101.html

2025年度税制改正大綱 ~まずは概要把握を目的に~ 税務研究会

https://www.zeiken.co.jp/zeikenpress/press/0004pp20250109b/

国の基金15事業廃止、8割に「警告」 5400億円を国庫返納 日経

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA19BO40Z10C24A4000000/

「国の基金」ルール、早くも骨抜き 成果検証なしに巨額の追加費用

https://www.asahi.com/articles/ASSD643S9SD6ULFA00CM.html

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