職業安全衛生条約の承認について

衛生じか。

 職業上の安全及び健康並びに作業環境に関する条約、いわゆる職業安全衛生条約についてである。世界187カ国が加盟する国際労働機関(ILO)の基本条約のひとつとして2022年に追加されていた。ILOの中核的労働基準は「結社の自由・団体交渉権」、「強制労働の撤廃」、「児童労働の廃止」、「職業・雇用上の差別撤廃」の4分野と対応する8条約を規定。ここに「労働安全衛生」分野の2条約を加えられている。加えられた背景には世界的な新型コロナウィルス感染症の感染拡大がある。ILOは「COVID-19のパンデミックにより、労働安全衛生が極めて重要であり仕事の世界に深刻な影響を与えることが説得力のある形で示された」と説明している。加えられた2条約のうちの一つが「職業上の安全及び健康並びに作業環境に関する条約」である。

 本条約の目的を「作業に関連した事故及び健康に対する危害を防止することを目的として、職業上の安全及び健康並びに作業環境について本条約を締結した国が一貫した政策を定めることを規定するとともに、国の段階における措置、企業の段階における措置等について定めるもの」としている。内容は、職業上の安全及び健康並びに作業環境に関する一貫した国の政策を定め、実施し、及び定期的に検討すること、使用者は、合理的に実行可能な限り、その管理の下にある職場、機械、設備及び工程が、安全かつ健康に対する危険がないものであることを確保すること、二以上の企業が同一の職場において同時に業務に従事する場合には、これらの企業は、この条約の適用に当たり協力すること、労働者代表は、職業上の安全及び健康の分野において使用者と協力することの4項目である。

 本条約の締結によって労働災害の一層の防止や国際労働基準を遵守する日本の姿勢を改めて対外的にも示すことに繋がる。労使ともに本条約の締結には賛成していた。2022年には追加されて他国はとうに締結しているにも関わらず日本がこの時期まで締結せずにいたのはなぜか。それは36協定による変形労働制で長時間労働が可能となる状況を改善する方策がないことと国内事業者の圧倒的多数を占める中小企業への負担を危惧したことによる。今回、本条約の締結に踏み切るにあたり厚生労働省の労働審議会の答申を受けて労働安全衛生法の改正を行う。労働安全衛生法はこれまで企業に雇用された労働者に対して適用されてきたが今後は個人事業主も対象とすることになる。企業がフリーランスに業務を依頼する際には作業方法や使用させる機械について安全への配慮をしなければならない。建設現場などのほか、荷物の搬入出、設備メンテナンスなどでフリーランスと労働者が混在する現場であっても、管理する企業は作業の連絡調整などの告知が義務となる。フリーランスが死亡または4日以上休業するけがをした場合は、発注企業などは労働基準監督署への報告が義務化される。また、2015年から年に一回、従業員50人以上の事業所を対象に義務づけられているストレスチェックの対象を広げて全事業所に義務付ける。ストレスチェックなど労働安全衛生法の改正による予算措置の必要はない。税負担は一切ないが50人以下の事業主に対するストレスチェックの費用負担は発生する。この費用を過大な負担を強いることだと言う人もいるがそうだろうか。ストレスチェックを外注する場合、平均的には一人あたり250円から300円程度、高くても500円までである。50人を外注しても1万5千円程度である。仕事が原因で心の病になる人が増えていると言われる現代社会において労働者に対してこの程度の費用負担ができない企業に社会性が認められるだろうか。もしくは中小企業へのストレスチェックの義務化に対して過大な負担を強いるという者の金銭感覚は大丈夫だろうか。自社の労働者のメンタルヘルスのチェックに300円程度の費用を負担することが過大だと意見する者に果たしてどれだけの国民が賛同するのか。ストレスチャック結果は医師や保健師が従業員に直接通知し、本人の同意なく会社に知らせることはない。高ストレス状態と判定された場合は、産業医との面談を勧められる。ストレスチェックを義務付けても医療サービスの提供の義務が無いことを無責任だとする意見もある。それは絶対に違う。医療と関わる距離感や尺度は人それぞれ違う。医療サービスを求める度合いも当人次第である。そこを否定することは人権を侵害することに他ならない。憲法第13条でどのような医療を受けるかについての決定権は、拒否する権利を含めて、治療を受ける者自身、すなわち患者に帰属するものとして保障されている。憲法で保障された国民が持つ自己決定権を侵すことはできないはずである。ヘルスチェックの義務化は健康診断の延長と考えて良いのではないか。労働者各人に個別の健康情報を提供することは企業としても安定的な事業所運営に寄与することも考えられて不利益ではない。費用負担の対価として得られるものもあるはずである。そうじゃないという事業者がいるならば、その事業者は労働者を物としか考えてないとも言えるだろう。

 企業と労働者の関係に従前のヒエラルキーは通用しない。働き方は多様化していることから企業とフリーランスとの委託契約にも変化が生じている。2023年にはAmazonジャパンと業務請負契約を行っていた個人事業主の配達員が労災認定を受けている。委託主から一定の支持や管理を受けている者は労働者と認められる傾向にある。アプリなどの普及と進化に伴い労使の境が曖昧な点もある。それに伴い労働安全衛生法の更新も当たり前だが更新が必要になる。ストレスチェックの義務化を全事業場に拡大に関して反対であることを理由に改正法案全体に反対し、化学物質による健康障害防止対策も機械等による労働災害の防止も高齢者の労働災害防止も一緒くたに巻き添えとして反対することには違和感を持つ。課題が残っても妥当な方策だけでも前に勧めないと時代錯誤の法ばかりが残されることになる。

 今回の労働安全衛生法の改正の目途がたちILO155条の批准も可能となった。精神障害による労災支給決定は、2023年度は883件に上り、10年前の約2倍になっている。日本も国際社会の労働基準に沿うことが求められている。条約がILOで採択されると、それを批准するべきかどうかは、それぞれの加盟国に委ねられる。加盟国はILOに対して、なぜ批准できないかとか、批准するために何をやっているかということを報告する義務がある。批准する義務はないが批准していない理由を述べなければならない義務がある。批准しない理由が50人以下の事業所に対する年間1.5万円程度の負担を強いるのが過大であるからなどと言い続けることが罷り通るのか。日本はILOの創設時からのメンバーであるし、187各国で唯一、政府、使用者、労働者の代表者の3者構成を取っている国である。1975年から連続して政府と連合と経団連から理事に選出されている。ストレスチェックの全企業への義務化を進めることが出来ないのであれば日本からの理事の選出は国際社会の労働基準に関する連携を乱す恐れから辞退するべきであろう。

 さて、実は155条以外にも日本が批准していない条約がある。「雇用及び職業についての差別待遇に関する条約」(111号)である。雇用における人種、肌の色、性別、宗教、政治的意見、国籍や社会的出身など、あらゆる理由による差別や排除を禁止する法律を制定すること、機会均等に基づかない法律を廃止することを各国に要求する条約である。187カ国中175カ国が既に批准しているが日本は未だ批准できていない。日本が批准できない理由としては労働基準法で男性のみが交代制勤務が可能であること、助産婦が女性に限定されていることを政府はあげている。また、公務員の政治的行為の制限も差別待遇にあたるとのこと。111条においてはアメリカも批准できていない。111条が成立したのは1958年であるから既に67年が経過している。世界が足並みを揃えることの難しさを思い知る事例である。


*155条にも111条にも言えることだが、まずは条約に批准してから国内法令を改正や整備を行なえば良いのではないか。

*50人以下の事業所には産業医の設置の義務付けはない。50人以下の事業所に対してストレスチェックを義務付ける場合、結果に対応する産業医はいないことから事業主はどのように対処することが望ましいのかその見解を伺う。

*未批准として残された最優先条約の111条に関して政府の今後の対応の方針を伺う。


参考

1981年の職業上の安全及び健康に関する条約(第155号) ILO

https://www.ilo.org/ja/resource/1981%E5%B9%B4%E3%81%AE%E8%81%B7%E6%A5%AD%E4%B8%8A%E3%81%AE%E5%AE%89%E5%85%A8%E5%8F%8A%E3%81%B3%E5%81%A5%E5%BA%B7%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%9D%A1%E7%B4%84%EF%BC%88%E7%AC%AC155%E5%8F%B7%EF%BC%89-0

職業上の安全及び健康並びに作業環境に関する条約 外務省

https://www.mofa.go.jp/mofaj/ila/st/pagew_000001_00013.html

職業安全衛生条約 概要

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100810415.pdf

説明書

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100810414.pdf

ILO基本条約を批准へ、労働安全衛生法改正で 朝日新聞

https://news.yahoo.co.jp/articles/f3be3451efd4fa63274b5f6c3834cb08eb1385fd

ストレスチェック、全企業で義務化へ 従業員50人未満も対象に 朝日新聞

https://www.asahi.com/articles/AST3F0VVDT3FULFA00NM.html?oai=AST3L2VWFT3LULFA009M&ref=yahoo

雇用及び職業についての差別待遇に関する条約 Wiki

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%87%E7%94%A8%E5%8F%8A%E3%81%B3%E8%81%B7%E6%A5%AD%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AE%E5%B7%AE%E5%88%A5%E5%BE%85%E9%81%87%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%9D%A1%E7%B4%84

8つの重要なILO条約 連合

https://www.jtuc-rengo.or.jp/shuppan/teiki/gekkanrengo/backnumber/data/201703why.pdf?78

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