公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)の改正法案について
給料に苦慮。。
給特法というものをご存じか。正式名称は「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」という。53年前に成立した法律で今国会に50年ぶりの改正案が提出されている。給特法とは日本の公立学校教育職員の給与や労働条件を定めた法律である。教育職員には原則として時間外勤務手当や休日勤務手当は支給されないことから給料月額の4%に相当する額を教職調整額として支給することが定められている。教職調整額の4%というのは昭和41年の文部省による調査から設定されている。何時間超過勤務しても給与の4%しか支給されないことから日教組やその上部団体の労働組合や革新的な活動団体などからは長年に渡り糾弾されてきた。糾弾活動の多くは給特法改正を目標に置くのではなく給特法の廃止を主張している。
今回の給特法改正案は現行の4%から2026年1月に5%とし、その後も年1%ずつ引き上げて31年1月に10%とする。一方、不適切な指導をしたと認定され「指導改善研修」の対象になった教員には教職調整額を支給しないとする規定も新たに盛り込む。また、すべての教育委員会に対して残業縮減に向けた計画の策定と公表も義務づける。併せて、新ポストとして「主務教諭」を創設する。精神疾患を訴えて休職したり退職するものも増えていることからそのサポート役を担うことが期待される。ただし、創設には各自治体の条例改正が必要となる。本法案には修正案が出され、これまで目標に過ぎなかった平均残業時間を月30時間まで削減することや公立中学での「35人学級』の実現することが盛り込まれた。
給特法の改正に関しては昨年から様々な案が取り沙汰されてきた。教職調整額が13%に引き上げられるという案や教職調整額を支給する制度自体を廃止して新たな時間外勤務に対する手当支給の制度を導入するという案であるが阿部俊子文科大臣はその都度否定してきた。確かに大臣の言う通り巷の予想を裏切る改正案ではあるが現実的な案でもある。
さて、給特法に批判的な者は教職調整額を「定額働かせ放題」を強いる制度だと批判する。実はそうではないと言える決まりもある。いわゆる超勤4項目というものがあり、校長が教員に対して命じることのできる四つの時間外業務のこと指す。4項目とは、校外実習その他生徒の実習に関する業務、修学旅行その他学校の行事に関する業務、職員会議に関する業務、非常災害の場合、児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務である。当初は9項目あったが日教組との交渉の上で4項目まで削減されている。1971年の当該法制定時に中央労働基準審議会が労働基準法が他の法律によって適用が除外されることは適当ではないという意見を労働大臣に建議したこと、文部大臣と人事院との協議で超過勤務を命じる際には命じうる職務内容や限度を関係労働者の意見を聞くことに努めることとされたことなどがその背景となっている。
労働基準法第32条には1日8時間、週40時間労働を制限されている。超勤4項目に係る超過勤務に対しては教職調整額として支給されており問題にはならない。だが、超勤4項目以外の時間外業務に関しては別途超過勤務手当を支払わなければならなくなるのか、という問題が生じる。文科省の見解ではそれら超勤4項目以外の業務は管理者である校長のしらないところで教員自身が自発的に行った行為であるとして、自発的行為に対して公費を支給することは馴染まないとしてきた。こうした文科省の解釈と指針に対して無制限なただ働きだと批判の声も上がっていることから令和2年に当該法の一部が改正された。超過勤務に対する上限指針を設定し、時間外の在校等時間を月45時間、年間360時間、特別の事情がある場合は最大月100時間、年間720時間とした。また、1年単位の変形労働時間制を導入可能にする制度も盛り込まれ、自治体によっては夏休みに休暇のまとめ取りのようなことも可能になった。
改正給特法が令和4年以降も教育職員の時間外在校等時間が給特法制定当時に想定していたときよりも大きく超えていることをどのように考えるかという問題が提起され続けてきた。厚労省は労働時間を「使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間に当たる。」と定義している。ただし、但し書として「客観的に見て使用者の指揮命令下に置かれていると評価されるかどうかは、労働者の行為が使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた等の状況の有無等から、個別具体的に判断されるものであること。」と加えている。校長の指示がなければ教員の自発的行為であり労働基準法に抵触しないとしたとしても登校指導や家庭訪問、部活動などの業務はいずれも「使用者から義務づけられ、又はこれを余儀なくされていた業務」に含まれる可能性が高い。厚労省の見解を受けて文科省が解釈を改めることがなければ法律をどのように改正しようと教員の超勤4項目以外の時間外労働は自発的行為とされることが延々と続くことになろう。本法案の修正案によって残業時間の月平均を30時間に法で制限することで超過する労働時間の数的な問題は一旦決着する。しかし、30時間以上の残業業務が消えてなくなることは無い。教員の持ち帰り業務が増加することは否めない。抜本的な解決には至らない。
今回の改正案では遂に事実上の超過勤務手当である教職調整額の4%が改善される。実態に即して全面的に改正することは現実的ではない。月当たりの平均的な残業代は60時間を超えており小中学校の教員数を踏まえると新たに5000億円程度の予算を必要とする。公立の小中学校の教員は60万人以上に上る。予算への影響は小さくない。極端な改善は不可能であるが、教員不足や休職者や離職者の増大が課題となっていることから金銭的な報酬の改善は不可欠な時期に差し掛かっているのも事実である。
これまで行政は手を拱いて見ていたいただけではない。部活動の指導などで休日に出勤した場合は4時間まで1800円、4時間以上は3600円の部活動手当を支給している。他校へ出向くときには出張手当や交通費、振替休日を手当てしている。文科省は教員の労務軽減を図るために部活動指導員配置促進事業を行い部活の顧問を有償の外部指導員に託すことで教員の負担を軽減する支援に取り組んでいる。一部の自治体では兼業届を出して休日に部活動の指導にあたりたい教員には部活動指導員と同等に扱い報酬を得られるようにしている。これらの支援策はスポーツだけでなく文化や化学等も対象としている。部活動だけではない。平成30年から文科省が導入した教員業務支援員制度は8割以上の都道県が既に導入している。教員業務支援員は印刷業務、仕分け作業、入力業務、事務業務、感染症対策、保健衛生業務など業務を負っている。また、補修等のための指導員等派遣事業として児童生徒一人一人にあったきめ細かな対応を実現するため学力向上を目的とした学校教育活動を支援する人材の配置を行っている。さらに副校長・教頭マネジメント支援員制度として校内マネジメント業務補助、保護者や外部との連絡調整、施設管理、学校会計管理、勤務管理事務の支援、調査・統計等の対応等を行う人材を配置できるようにしている。教員業務支援員と指導員派遣事業と副校長・教頭マネジメント支援員制度の令和7年度の概算要求額の総額は162億円となっている。
主務教諭の法制化であるが共産党や教員の労働組合は学校から自由を奪うとして反対しているが余りに的外れである。主務教諭の役割はその他の教諭の相談役でありサポート役である。上意下達のシステムの導入になる要素はどこにもない。これまでも学年主任なんてものはあったが手当はつかないが賞与の査定が良くなるという効果はあった。教員の階級には2級職、主任教諭は3級職、主幹教諭・指導教諭は4級職などがあるが、新設する主務教諭は気持ちが病んだり離職率の高い若手教員の牽引役として主任と指導教諭との間に設けられる。若い教員たちのモチベーションの向上にもつながる可能性があり効果が期待できる。ちなみに主務の役職手当は月6千円程度となる模様。
以上、教育現場の置かれた労務環境と労働条件の改善の必要性はあるとは思うが、一方で少子化の波、DX化の進展なども考慮する必要がある。外部人材によるサポートを受けつつ継続的に時間外労働の問題の改善、教職調整額の見直しに取り組むことが望まれる。今法案に限って言えば改正項目は妥当であるが教職調整額に関しては兼ねてから囁かれていた13%に引き上げるものであっても良かったと考える。本法案は教員の長時間労働を是正し一定の処遇改善に繋がることは否定できない。そのことから一旦賛成するべきだと考える。
最後に、教員がそんなに忙しいなら組合活動なんて負担になるので日教組や地域教組なんて解散すれば良い。解散すれば組合費も必要なくなる。公務員の待遇は人事院が守ってくれるはずだ。日教組は全方位的に無駄な組織だと思っている。
*教職調整額を4%から10%に即座に引き上げない理由は如何に。2031年までに段階的に引上げるのでは遅すぎるのではないか。また、20時間程度の残業代にしか相当せず、金額が不足していると考えるが如何に。
*附則の第3条で2年後に人材確保の状況や財源確保の状況を踏まえて勤務条件の更なる改善の措置を検討するのであれば、毎年1%ずつを6年かけて行う教職調整額の引上げの規定はたいして意味を為さないものになるではないか。教職調整額を2年で10%を引き上げて人材確保や教職員の待遇に対する評価を検討し以後の施策に活かすことが妥当ではないか。
*教職調整額を10%に引き上げるだけでは不足ではないか。最近の給与の高騰から鑑みても13%以上まで迅速に引き上げないと過酷な勤務の対価としては尚も見合わないのではないか。
*「労働時間」の定義について厚労省と文科省の間で若干の食い違いが見られる。政府の「労働時間」の解釈は如何に。
*教員に対しても成果主義的な人事評価制度の導入を検討し一律的な給与制度からの脱却を目指すことで教育現場の活性化を図れると考えるが政府の見解は如何に。
*長時間労働を是正する具体策が盛り込まれていない。具体的方策を明示するべきではないのか。
*修正案で残業時間の月平均を30時間までにすることが盛り込まれたが、仕事量の軽減が急速に進むことは期待できないと思われる。よって、教員が持ち帰って行う業務負担が増えるだけの施策になりかねないと危惧するが政府の見解を問う。
参考
公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法等の一部を改正する法律案 案文 文科省
https://www.mext.go.jp/content/20250207-mxt_hourei-000040175_3.pdf
公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法等の一部を改正する法律案に対する修正案
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/syuuseian/6_79EA.htm
公立教員の残業縮減計画、公表義務化へ 給特法改正案を閣議決定 毎日
https://news.yahoo.co.jp/articles/4d5483a445241e821ed4dd6c40fbd0f7f521f3d3
中学校教諭、約42%が平均残業時間月45時間超え 文科省調査 日テレ
https://news.yahoo.co.jp/articles/45dd1b93782b20157b44ba10ba6f6ff62891080a
公立学校の教員に残業代を支給検討も「部活動手当は1日最大3600円」…割に合わない長時間労働と処遇の実態 集英社
https://news.yahoo.co.jp/articles/edf512f1cf62aca5cf25734273b02481662041db
このままでは学校がもたない――「教員残業代ゼロ制度」の廃止、授業にみあった教員定数を 日本共産党
https://www.jcp.or.jp/web_policy/2025/01/post-1003.html
学校における働き方改革特別部会(第8回) 議事録 文科省
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/siryo/1402618.htm
休日の部活動指導、兼業届で教員にも報酬 神奈川県大磯町が独自支援 寺子屋朝日
https://terakoya.asahi.com/article/15205813
令和7年度 概算要求 文科省
https://www.mext.go.jp/content/20240827-ope_dev02-000037780_6.pdf
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