日本学術会議法の改正法案について
学問のずずめ
日本学術会議法の改正法案についてである。日本学術会議はこれまで政府と一部の学者や団体と軋轢を生んできたという経緯がある。令和5年の岸田政権下において本法案を国会に提出するべく準備が進められていたが反対勢力の声もあり与党内の審査が進まず見送られていた。
残念ながら本法案は日本学術会議を解体したり廃止する法案ではない。本法案は日本学術会議を法人化する法案である。政府は日本学術会議を法人化することで政府から独立した機関として担保するとしているが、一部の学者は日本学術会議を政府の従属下におく施策だと反対する。法案の是非については日本学術会議の中においても賛否がある。2020年に菅義偉首相が任命を拒否したことに対する説明責任を果たしていないと主張する一部の学者が、納得のいく説明をしない限り前には進めないとして抗している。
法案では、首相は会員の任命を行わないとしている。代わりに首相の任命する監事を置いて僅かな関与を残す方針である。学術会議はそれにも反対していたが、最近では一部の者を残して法案提出前に一転して賛成する方針に変わった。会の定員が210名から250名に増員されたことから賛成することにしたのだとしたら論外である。そうだとすると会の独自性と引き換えに既得権益の拡大を画策したことになる。法人化しても財政支援を国がし続ける。一定割合ではなく全額を国が背負う。
本法案は日本学術会議の法人化案であるが、会にとって願い通りの施策であるはずだ。それでも反発する一部の会員がいることには驚かされる。
日本学術会議とは日本学術会議のHPによると科学が文化国家の基礎であるという確信の下、行政、産業及び国民生活に科学を反映、浸透させることを目的として昭和24年(1949年)1月、内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立され、科学に関する重要事項を審議しその実現を図ること、科学に関する研究の連絡を図りその能率を向上させることの2つを職務の柱としている。日本学術会議はいわゆるナショナルアカデミーであり内閣府の機関である。設立当初は学者の国会と呼ばれ、政府への提言で多くの研究機関が設立された。科技庁の設立後は政府への影響力が薄れがちとなっている。国際的な学術団体には日本を代表して加盟している。国の予算によって運営されるが会の活動は独立して行われる。会員は210名、連携会員は約2000名であり、会員は国家公務員特別職、連携会員は国家公務員一般職となる。
内閣総理大臣が所轄し会員を任命している。学術会議法第7条に従い任命に当たって政府は学術会議側が事前にまとめた推薦案に基づいている。1949年から続いていた選挙制から1983年に推薦制に変更された。2004年には法改正されコ・オプテーション方式に変更された。法改正の段階では「日本学術会議から推薦された会員の候補者につき、内閣総理大臣が任命を拒否することは想定されていない」としていたが内閣府の2018年の資料では「首相に推薦のとおりに任命すべき義務があるとまでは言えない」という見解を示した。2020年には就任したばかりの菅義偉首相が、学術会議が推薦した105名のうち6名を任命しなかった。国会内では野党がヒアリングを行い「学問の自由に対する暴挙だ」だという声が上がった。菅首相は総合的、俯瞰的な活動を確保する観点から判断したと説明したが後に官房副長官が任命から外すべき者という手書きのメモが存在したことが発覚した。メディアでは6人が例外なく安保法制や特定秘密保護法、共謀罪法案などの安倍政権下の政策に異議を唱えた人物であることから、政権批判を問題視して任命しなかったのではないかと報道された。
日本学術会議は先の大戦の反省から「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」「軍事目的のための科学研究を行わない」ことを声明して発足した。「軍事的安全保障研究では、研究の期間内及び期間後に、研究の方向性や秘密性の保持をめぐって、政府による研究者の活動への介入が強まる懸念がある」として研究の自主性、自立性の担保を求められる。研究成果が時に科学者の意図を離れて軍事目的に転用され、攻撃的な目的のためにも使用されうることを認めたうえで政府が影響力を行使することを警戒する。学術会議は軍事的安全保障研究と見なされる可能性のある研究について、その適切性を目的、方法、応用の妥当性の観点から技術的、倫理的に審査する制度を設けるべきだと主張している。
菅首相が6名を任命しなかったことは批判的に広く報じられた。某弁護士団体などは昭和8年に京都大学教授の学説が自由主義的であるとの理由で著書を発売禁止にした瀧川事件や昭和10年に東京大学名誉教授貴族院議員の憲法学説が「国体」に反するとして著書を発売禁止にするなどした天皇機関説事件などを論い研究活動に国家権力が介入し弾圧してきたと主張し政府を批判した。同会の一部は独立性及び自律性は憲法第23条に由来するとし政府の政治的介入であるとして抗議を続ける。
日本学術会議の法人化について法曹界は否定的だ。その理由として業務状況を監査する監事の任命権が会長ではなく主務大臣にあることをあげている。また、外部の有識者で構成される「日本学術会議評価委員会(仮称)」のメンバーが主務大臣に任命権があることを学術会議の独立性及び自律性の尊重に逆行しているとして批判している。会員選考についても、選考に関する方針等を策定する際に外部の有識者からなる「選考助言委員会(仮称)」の意見を聴くこととされ、同委員会の構成員の任命権は会長にあるとされているが運用次第ではその任命権を制限することもできるのではないかと訝しんでいる。
このような学術会議や法曹団体などの批判を聞いているともはや政府から完全に独立し如何なる関りも持ちたくない、政府は金だけ出していれば良い、人選に政府は関わるな、活動内容に関与も関心も持つな、と言っているように思えてならない。これではナショナルアカデミーとは呼べない機関となってしまう。国には予算を組んで執行し管理する責任がある。金だけだして放置することはできないしすべきではない。
日本学術会議が自助努力によって国と協調体制を構築できないのならそのような国家機関は不要である。国には文部科学省がある。文部科学省の内外に所管のナショナルアカデミーを構築すればよい。日本学術会議の言い分として科学技術の平和利用が前提となることも当然のこととして理解できる。学問の自由も保証されるべきだ。ただ、政府の関与の度合いに敏感になり過ぎるべきではない。費用負担が国にあるばかりでなく、日本学術会議は国を代表して国際的学術機関に参加している。政府とナショナルアカデミーは一定の協調があって当然である。形式的に会員を任命して後は委ねっきりで栄耀栄華も人の金というわけにはいかない。
アメリカ、イギリス、フランス、ドイツは共通して政府へ提言助言、栄誉顕彰、資金助成、研究調査を行っているが、日本だけが提言助言に特化する形となっている。公的資金を100%出しているのも日本だけである。アメリカは45%、イギリスは85%、フランスは1/3未満、ドイツは80%が国の予算となっている。各国とも監査業務は国が行っている。会員の選考に関してアメリカとフランスは規定がない。イギリスは会長が各大学の総長や議長を推薦することができる。ドイツは会員以外の助言を求めることができることになっている。会員に関してはアメリカもイギリスもフランスもドイツも政府が介入したことはないが、介入できないというわけではない。
*学術会議の定員の拡大に関して至当で論理的な根拠が窺えない。政府の意図を問う。
*研究の自主独立性に拘り過ぎてはいないか。政府から100%の財政援助を受けて行う活動であるから介入はせずとも政府の方向性との一定の協調は必要ではないか。
*日本学術会議は日本のナショナルアカデミーだと解釈して差しさわりないか。
*日本学術会議の財政支援を他の先進国並みの70%程度に抑えてはどうか。
*支援の受け手が金は出しても口は出すなという姿勢や主張は道理に合わない。一度解散して新たなナショナルアカデミーを発足させタブーなき研究を後押しできる体制に刷新するべきだと考えるが如何か。
*学術会議の会員と中国政府やその関係機関と密接な繋がりや関りを持つ者がいたとすれば政府はそのことを是認するか否か。
参考
日本学術会議法 法律案 内閣府
https://www.cao.go.jp/houan/pdf/217/217_6anbun.pdf
概要 内閣府
https://www.cao.go.jp/houan/pdf/217/217_6gaiyou.pdf
軍事的安全保障研究に関する検討について 日本学術会議
https://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/gunjianzen/index.html
日本学術会議 Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%AD%A6%E8%A1%93%E4%BC%9A%E8%AD%B0
日本学術会議会員の任命問題 Wiki
内閣総理大臣による日本学術会議会員候補者6名の任命拒否に抗議し、6名の速やかな任命を求める声明 道弁連
https://www.dobenren.org/statement/r02statement02.html
日本学術会議の独立性・自律性の尊重を求める会長声明 日弁連
https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2024/240619.html
日本学術会議の法人化「協議中止を」 憲法学者ら政府・日学に要請書 朝日新聞
https://news.yahoo.co.jp/articles/9055f86cb169e3013b2b36011c6fbfe144340c2d
日本学術会議のミッションと現在の法人化案への疑問 日本学術会議 日比谷潤子
https://www.cao.go.jp/scjarikata/kondankai/soshikiwg/20240711/shiryo1.pdf
学術会議、首相は会員任命せず 法人化向け報告書、会議側はなお懸念 朝日新聞
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